仏教の社会責任

耀 正

当面、全世界でも、金融危機、エネルギー危機、気候危機、テロ(恐怖主義)脅威、宗教種族衝突、H.V.流行には直面しており、全世界では、一種の和らぎでない雰囲気が溢れているため、仏教の社会責任を履行し、世界の平和と繁栄を造り、調和世界を構築することは、この時代が仏教に与えた神聖な使命であります。中国仏教協会は二回に渡って世界仏教論壇を催し、「和合」精神を発揚、慈悲心持を表彰し、人の霊魂を浄化させ、人間と自然、人間と社会、人間と人間との調和共生を促します。

一、仏教の文明受け載せ、社会文明促進の責任

仏教は上に対して四重恩、即ち:両親の恩、国土の恩、衆人の恩、三宝の恩を報いることを唱導しています。その中、衆人の恩を報いることは、人民に奉仕することであります。国土の恩は、国家から愛顧されている恩であります。悪いことは全てやらないで、善いことは多くやり、国土を荘厳にし、「楽しみに有利、情け有り」等の教義、また五戒十善等の戒律は私が国の現代の社会主義道徳規範とは相通しています。例えば、五戒の「生物を殺さない」ことは、人類が一切の生命に対する同情と尊重を体現しており、人体一私の生命哲学であります。盗まないことは、人類の正しいフォーチュン観とフォーチュン取得の合理性を体現しており、邪な放縦行為をしないことは人間付き合いの純潔性を体現しているので、家庭の安定快楽を維持する保証であります。また、でたらめを言わないことは人の誠実信用準則と人格品行の方正を体現しています。これらは十分に社会の調和と社会秩序の安定には役立ち、人類社会の生存と発展にも役立ちます。

「四撮六度」の実質は、衆人の心に浸入して、衆人に社会活動に身を投じさせて、衆人の利益を図り、衆人の霊魂を浄化させることです。自分の安楽を求めることなく、ただ衆人を救護しようとすることは、十分に、人々の赤誠溢れる忠心の具備を培養、また国家と人民のための無私奉献精神を培養することができ、また、十分に民族の振興、世界の平和、並びに経済の発展には重大な役割を果たします。仏教は、道徳の勧め、世の風習の淳化、人心の浄化を通して、調和社会を構築、また人類の精神文明を促進することは、仏教の国家と社会に対する道義上断ることを許されない責任だとを提唱しています。

二、仏教の慈悲喜舍の伝統を発揚して、済世救民の責任を担います

慈悲済世の社会責任の担当は、仏教と社会との最も良い対話であり、平和と発展が依然として、時代の主流である前提の下で、仏教は更に時代の潮流に合わせ、積極のに社会主義社会に適応し、高く人間社会仏教の偉大なる旗を掲げ、仏陀の慈悲済世の情を実践に移し、仏法の発揚を事業・宗旨にして、更に大慈とは無縁、同体大悲の思想をもって社会に報い、人々にサービスし、積極のに民衆に有益の各種慈善事業の中に身を投じるべきであります。例えば、津波、雪害、汶川地震のとき、仏教界は積極のにお金や物を寄付したりして、帮助被災地域の人々が難関を渡り越すように助けました。これは、災難無情、人間情有り、仏門は祈願有り、大愛は極み無しとは言えましょう。我々は必ず使命完成に向け、本格のに危機に陥った貧乏者を助けたり、罹災者を救済したりする役割を果たし、社会の繁栄富強のために、人々の安楽調和のために、特別の力を貢献しなければなりません。

三、仏教の平等精神は、世界の平和を促進します

周知されているように、歴史上において、仏教の勉強と交流によって、中華民族と韓国、日本各民族との往来、また文化科技の交流が促進され、国家間の平和、互恵関係も推し進められてきています。仏教の民族平等観は、国界無しですし、主張されている民族平等は、本国の民族間に拘らず、全世界のあらゆる民族も含められています。仏教提出の民族平等は、ちょうど世界の境界線を乗り越すものであります。というのは、仏陀が平等的に全ての衆人を救うからであります。民族の不平等区分は、古くから今まで、世界の発展には影響して、今日のグローバル過程にも同様に、大きな阻害をもたらしています。最も早く民族平等を提出した仏教は、理念からでも、実際修正の面からでも、ずっと、この不平等の現象削除には努めてきております。例えば、釈迦牟尼仏様出身のインドは、一つ等級厳しい不平等の社会で、バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラという四大苗字の等級区分があります。考えてみてください:もし我々の世界は、各民族が平等的に対処し合い、優劣高下の見方を捨てることができ、衆人に対して平等の心持をもって、貴賎尊卑の考え方がないとすれば、歴史上の戦乱はどこから起こるのでしょうか?今日、全世界から注目されている局部の民族衝突、民族紛糾は、またどこから起こるのでしょうか?我々は、仏陀の指摘によって、仏教の理念をもって、衆人に平等心を持たせるその日が本当に来るとすれば、我々の世界はその時、必ず一つ美しい人間社会の浄土になると思います。

四、仏法は世道人心を挽回する一つの良薬であります。

仏教の「諸悪はやってはいかん、諸善は奉行」という教導は、世道人心を挽回する一つの良薬であり、衆人の気丈な性格を軟化させたり、人に因果関係を分からせたり、言行を慎ませたりすることができます。風俗素朴の社会を促成させるために、印光大師は、常に「敦倫尽分、閑邪存誠」(倫理の約束を固く守り、自分のなすべきことをする。暇であれ多忙であれ、邪心を除き、いつも真心を持つ) という言葉をもって、世の人々に諌め、父が息子に対して慈愛し、息子が父に対して親孝行をし、兄が弟に対して友愛し、弟が兄に対して尊敬、丈が妻に対して優しく、妻が丈に対して服従、主人がしもべに対して仁愛し、しもべが主人に対して忠誠、各自が恭しく自分の本分を尽くし、他人が自分に対して本分を尽くしたかどうかを念頭に置かなく、自分は自分なりの本分を尽くし、家庭及び社会に対して自分なりの職責と本分を尽くすよう、要求しています。こういう人が善人と呼ばれます。と同時に、自分の魂の深いところに、邪念が生じないように、真心をもって、「身口義」三業を善の方に近寄せさせ、その生涯で聖徳君子になれるように、がんばらなければなりません。

以上の分析から見ても分かるように、仏教の教化機能は世間の諸法をカバーしており、替えられない無上の価値を有し、数多くの仏教徒が自分自身を完璧にすると同時に、自ら模範を示し、本分を厳守して、衆人の手本になるべく、契理契機の原則にしたがって、勇気を出して、猶予なく歴史が我々に与えた社会責任を担い、仏法の価値と効用を、最大限に衆人に伝え、それに社会調和、人類幸福の精神の柱となり、民衆と社会に幸福をもたらすと同時に、私が国の経済の繁栄と発展を推し進めていきましょう。

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