初心を忘れず、共に未来を切り開く

——日中友好宗教者懇話会創立50周年祝賀会における講演

中国仏教協会会長・中国仏教学院院長 学誠

2017年5月29日 日本・東京

尊敬する持田日勇会長、
尊敬する山田俊和理事長、
尊敬する「日中友好宗教者懇話会」の皆様、
ご来賓の皆様:

この命みなぎる初夏の季節、このめでたい日に、「日中友好宗教者懇話会」(以下「日宗懇」と略)の顔馴染みの方々、新たにお目にかかる皆様方と一堂に会し、「日宗懇」創立50周年をともにお祝いできることは、殊勝なる因縁であり、感無量であります。まず、私は中国仏教協会と中国仏教界を代表して、「日宗懇」創立50周年に、熱烈なる祝賀を贈りたいと思います。ご来場の「日宗懇」や日本仏教会の高徳方及び各界のご来賓の皆様に心からご挨拶を申し上げます。また、日中仏教友好交流事業に一途に力を注ぎ、すでに往生なされた先の高徳方に最高の敬意と深い追懐の意を表したいと思います。

十年前に、私は代表団を率いて、「日宗懇」創立40周年の祝賀会に出席しました。今でも当時の様子がまるで昨日のように、ありありと目に浮かんできます。十年の歳月はまるで「白駒隙を過ぐ」かの如く、瞬く間に過ぎ去り、世尊がお示しになりました「諸行無常」を深く感じます。しかしながら、喜ばしいことに、「日宗懇」は歳月の洗礼を受け、初心を忘れずに勇猛果敢に邁進し、各事業が勢いよく発展し、新しい成果を絶えずおさめ、日中仏教友好交流や民間往来の促進にかけがえのない役割を積極的に果たしています。さらに、嬉しく一層大切にしなければならないこととして、時代がいかに変わろうとも、「日宗懇」と中国仏教協会、中国仏教界との「友好の木」は、双方が大切に守り育てたことで、すでに天を突くような巨樹に成長し、根を深く張り、葉を茂らせ、花と果実の香りを漂わせるようになりました。

一、「黄金の絆」で結ばれた長い交流史

中日両国の「友好の木」は、中日仏教の伝統的法誼の沃土に深々と根を張っています。中日両国は「山川、域を異にすれども、風月、天を同じうす」と言われたように、一衣帯水の友好的な隣国であります。両国の文化にはそれぞれの特色がありますが、同じ遺伝子もたくさん伝承されています。私は日本を訪問するたびに、特に名所旧跡や古い歴史を持つお寺を拝観いたしますが、いつも濃厚な唐・宋代の雰囲気を感じ、とても親しみを覚えます。中日両国の仏教は源を同じくし、長い伝統的法誼の歴史を持っています。教科書のようにいちいち歴史をつぶさに述べなくても、幾つかの人名、幾つかの聖地を挙げるだけでも、重厚で輝ける中日仏教の伝統的法誼を明らかに示すことができると思います。

日本の奈良市には、千年の歴史を持つ古寺――唐招提寺があります。そこは清浄自然かつ荘重古朴な、美しく優雅な殿堂が静謐な自然環境と互いに照り映えており、山門をくぐると粛然とし、自然に心身が引き締まり、直ちに爽やかで自在となります。そこには孝謙天皇から賜ったお寺の扁額があり、鑑真和上の乾漆像が奉じられています。ここは日本律宗の大本山であり、鑑真和上が開いた戒律を宣揚する根本道場で、中日両国仏教徒の憧れの聖地でもあります。千二百余年前、鑑真和上は、遠い海の向こうから渡ってきた日本の仏弟子の誠意ある招きを受け、弟子たちが波高く危険な海を渡るという吉凶未分の弘法の道に躊躇しているとき、「日本は縁のある国であり、仏法の為に生命を惜しむことがあろうか。誰も行かずとも私は行こう」と揺るがぬ決意を示しました。こうした勇猛果敢な、仏法のためには我が身を捨てるという精神で、五回にわたる渡航の挫折や失明にも負けず、六回目の渡航によってついに宿願を果たしました。彼は完全な「四分律」を日本へ導入し、日本で律宗を開創し、天皇の支持を受け唐招提寺を建て、仏教の日本における伝承・発展のために著しい貢献をしました。さらに漢方医学や、中国の進んだ建築技術、仏像製造技術などを日本へもたらし、日本文化の発展と中日文化交流のために重要かつ積極的な役割を果たし、中日両国の仏教界が共に尊敬する祖師大徳となり、両国民が共に尊ぶ友好使者・文化使者となりました。

「晩(くれ)に向(なんな)んとして意(こころ)適わず 車を駆って古原に登る 夕陽(せきよう)無限に好し 只だ是れ黄昏(こうこん)に近し」(夕暮れになるにつれて心落ち着かず。馬車を走らせて楽遊原に登ってみた。夕陽は無限に美しく輝いているが、ただひたすら黄昏に近づくばかり)。これは唐代の著名詩人李商隠の五言絶句で、題は「登楽遊原(楽遊原に登る)」です。その「楽遊原」という高地は、陕西省西安市の東南部に位置し、そこには古くて若いお寺――青龍寺があります。古いというのは、このお寺は隋代に最初に建設され、唐代に復興されたものだからです。若いというのは、このお寺は、1980年代以降、中日両国仏教界の協力のもと、遺跡を発掘保護した上で再建されたものだからです。青龍寺は唐代において、真言宗の祖師である恵果大師が住し、弘法した根本道場であり、日本の真言宗開祖である弘法大師空海がここで恵果大師について密教を学んだ聖地でもあります。そこに中日両国が共同で「空海記念碑」を建て、両国の仏教界が共同で「恵果・空海記念堂」をつくり、両国の仏教が脈脈と受け継がれた殊勝な法縁の証とし、両国仏教界の時空を越えた法誼を凝縮しました。弘法大師は、情熱を持ち、三学に精通していたばかりでなく、儒学、サンスクリット語、漢語にも通じており、多芸多才な仏教大師でありました。彼は真言密教を日本へもたらし、伝教大師最澄とともに平安時代の日本仏教を新しい段階へと導いただけでなく、唐の採鉱・道路建設・水利工事・架橋などの進んだ土木技術を日本へ導入し、平民教育を創始し、日本の経済・社会・文化の発展に古今を照らす傑出した貢献をし、今でも日本国民に慕われ、尊敬されています。弘法大師もまた中日仏教交流の友好使者で、文化交流の重要な功労者であり、中国仏教界及び中国国民にも尊敬されています。

中国江蘇省南京市内、高層ビルと車の流れの合間に、古めかしく静まり返った一角があります。ここは、近・現代中国仏教復興の震源地と言われる金陵刻経処です。この創立者は、中国近・現代仏教史・文化史上よく知られている楊文会居士です。楊文会居士は若い頃、清末の外交官曾紀沢氏が公使としてヨーロッパに駐在した際に付き添いました。その際、イギリスに留学していた日本浄土真宗の南條文雄法師と知り合いました。それから30余年もの間、両氏は絶えず手紙をやり取りし、互いの仏学を切磋琢磨し、中日仏教友好交流史上に美談を残しました。廃れた仏典を再度流通させようという楊文会居士の大事業は、南條文雄氏の大いなる援助を受け、宋・元代以降、散逸していた多くの重要な仏教典籍が日本から取り寄せられ、印刷され世に流通することになったのです。一方、京都の蔵経書院の「続蔵経」印刷事業の際には、楊文会居士が目録案についての意見を寄せただけでなく、善本の収集に駆け回って多大な力を注ぎました。楊文会居士と南條文雄法師との友情と交流・協力の姿は、中日仏教の法縁の中でも輝かしいもので、両国仏教界一同はそれらを尊重し、記念・発揚すべきものと考えています。 一つの宗教、二つの国家、三つの聖地、四人の先賢を心に刻み、われわれは諸先輩方の足跡をたどり、千年の時空を越え、万里の距離を跨って、今日、中日仏教の伝統的法誼という沃土の上に、両国の先賢·高徳の偉大なる願行と貴重な心血が凝縮して「黄金の絆」となっているのを容易に目にすることができるでしょう。この「黄金の絆」が正に血脈のように絶え間なく栄養を供給することで、われわれの「友好の木」がすくすくと元気よく育ち、葉を茂らせ、両国民に仏教の特質である慈悲・平和・智慧という加護と心のよりどころを与えてくれるのです。

二、心を一つにして「友好の木」を育てる

われわれの「友好の木」は、中日両国における仏教界の先輩・高徳が慈悲と平和という仏教精神にのっとり、恐れを知らぬ胆力と識見、巧妙で便利な知恵によって、共に種を蒔き、水をやって育てあげたものです。ここで中華人民共和国成立後の中日仏教交流の歩みと「日宗懇」成立のいきさつを振り返ってみると、中日両国民に深い災厄をもたらしたあの戦争のことに触れないわけにはいきません。この場で戦争のことを語るのは、決して恨みを深めるためではなく、歴史を「前車の覆るは後車の戒め」とし、慈悲と智慧の仏教精神を発揚し、両国民が互いに憎み合うという苦しみの輪廻から抜け出て、今後永遠に戦禍に身を晒さないよう努めるためです。中国と日本が共に仏の教えに親しみ、代々受け継いできた伝統的法誼は、戦火で灰燼と帰しても、消え去ることはありませんでした。反省と懺悔、慈悲と平和、無我と無畏という仏教の精魂に導かれ、中日仏教界の伝統的法誼は再び生気を取り戻しただけでなく、中日両国民間交流の再開と、中日国交正常化を実現するためのかけがえのない力となったのです。

1952年10月、北京で開かれたアジア·太平洋地域平和会議の際に、中国仏教界は、会議に出席した日本代表に託し、日本仏教界に薬師如来像を贈りました。われわれは薬師如来像に現された慈悲の精神とイメージを通して、日本仏教界への友好の意を示したのです。これは日本仏教界から熱い反応を呼び起こしました。その時から、両国の仏教徒は力を合わせて中日仏教界の新時代を象徴する「友好の木」を育て始めたのです。

この時期、双方は戦争の傷跡を癒し、中日平和友好を促進するために多くの活動を行ってきました。1953年、日本仏教界で「中国人俘虜殉難者慰霊実行委員会」が設立され、大谷瑩潤委員長と菅原恵慶事務局長のもとで、11年間(1953~1964年)、9回にわたって3000人余りの在日中国人労働者の遺骨を中国に送還しました。1961年5月、大谷瑩潤委員長は中国訪問の際、中国仏教協会に、日本社会各界の1500余名が署名した「日中不戦の誓い」を贈ってくださいました。それは日本仏教界の中日友好の願い、決して再び戦わないという固い決意を表したものです。両国仏教界のたゆまぬ努力によって、1962年と1963年には、中日両国の仏教界と文化界の有志らによる鑑真和上円寂1200周年記念行事が共同で開催されました。この記念活動は、両国仏教の新時代の「友好の木」を育て、中日民間の交流を深め、国交正常化の実現を促進するのに重要な役割を果たしました。

中日国交正常化の後、両国の仏教交流は、更に広く深く展開する時期を迎えました。日中友好仏教団体が次々と生まれ、1953年2月に設立された「中国人俘虜殉難者慰霊実行委員会」と1955年7月に成立した「日中仏教交流懇談会」の基礎の上に、1967年5月に「日中友好宗教者懇話会」が正式に誕生し、1975年には「日中友好仏教協会」が成立しました。それに続いて日本仏教各宗派は相次いで各自の日中友好仏教団体を設立しました。両国仏教界の交流は以前よりも頻繁に行われるようになりました。中でも1980年の「鑑真和上像里帰り」は大きな反響を呼び起こし、両国仏教界の友好関係を強固にしたばかりか、文学•芸術•医学といった文化領域の友好協力関係をも促進しました。

中国の改革開放後、政府の宗教信仰の自由政策が全面的に実行されるにつれ、中国における仏教事業は次第に勢いを取り戻しつつあり、着実に発展を遂げ、中日両国の仏教交流も新たな歴史的段階へと邁進しています。双方の友好交流はますます頻繁となり、その方法も多種多様化し、レベルも次元も全面的となり、その仕組みや土台が次々と作り上げられ、固められ、改善されています。中日仏教の「黄金の絆」は再び眩しく輝き、中日仏教の新時代の「友好の木」は穏やかで暖かい日の光に照らされ、好い雨が降り注ぐ春を迎えています。

ここ10数年の間、「日宗懇」とわが中国仏教協会、および中国仏教界の相互訪問が絶えず行われ、先人たちが築き上げた友好関係は良好な方向へと発展しています。例えば貴会の持田日勇会長が幾度も訪問団を率いて訪中し、中国仏教界が主催する「世界仏教フォーラム」に四回にわたってご出席くださいました。中国仏教協会の伝印前会長とわたくしは、かつて何度も日本と中国で持田日勇会長とお会いしており、懇談を重ね友好を深めてまいりました。2011年9月、中国仏教協会は持田日勇会長に「中日仏教友好使者」の称号を授与し、会長の長年にわたる中日仏教友好交流事業への多大な貢献を顕彰し、「日宗懇」および日本仏教界の深い友情に感謝の意を表明させていただきました。

中国には「水を飲む時にはその源について考えろ」という言葉があります。今日、われわれは両国の仏教界が共に育ててきた新時代の「友好の木」の種を蒔き、水をやり、育てあげた両国仏教会の先輩・高徳の功徳を肝に銘じ、その恩に感謝すべきです。この場を借りて、大谷瑩潤長老、西川景文長老、小野塚潤澄長老、大河内隆弘長老、菅原恵慶長老、椎尾弁匡長老、高階隆仙長老、清水谷恭順長老、山田無文長老、塚本善隆長老、大西良慶長老、道端良秀長老、西川鑑海長老、山田恵諦長老、庭野日敬様、大谷武様、および弊会前会長の趙朴初居士などの長老・高徳の方々、ご臨席の皆様に心よりの感謝を申し上げます。先賢たちの並々ならぬ努力と苦労は、必ずや両国仏教友好交流事業の記録に記載され、後輩のわれわれやそれに続く人々の励みとなることでしょう。先賢を偲び歴史を忘れず、伝統を守りながら、子々代々、末永く友好関係を続けていきましょう。

三、初心を忘れず、共に未来を切り開く

普賢菩薩の行願精神は大乗仏教の重要な精神です。この精神は、現状に甘んじず、マンネリに陥ることなく、しかも灰身滅智(身を灰にし、智慧を滅して、すべてをなくしてしまうこと)せず、寂静を一人楽しむのでもなく、衆生を済度するという大願を実現させるため、未来の果てに至るまで絶えず精進・修行をすることです。今日、われわれが歴史を振り返るのは、根本を忘れず、初心を固く守るためです。また経験から学び、続けて前進し、普賢菩薩の行願精神にのっとり、中日仏教の黄金の絆を伝承・発展させ、新時代の中日仏教交流の「友好の木」を大切に育て、共に中日仏教の明るい未来を切り開き、中日両国の代々の友好を実現するために、絶えず光とエネルギーを供給していきましょう。この場をお借りして、今後の中日仏教友好交流への三つの願いをお話させていただきたいと思います。

まず、中日仏教界が仏教事業の各分野において協力をいっそう強化することを期待しています。今後の中日仏教交流は各階層の人員の相互訪問を強化するだけでなく、內容豊富で多様な形式の交流会やワークショップなどを定期的に開催し、交流のプラットフォームや仕組みを継続的に改善してゆき、仏教の四摂法における「同事」精神を更に発揚し、弘法・教育・研究・慈善など幅広い分野で協力体制を整え、相互学習、互助互恵のなかで、ともに弘法・利生の事業を成しとげ、中日仏教交流をさらに確実に、より実質的な意義と建設的な効果をあげられるように推進し、両国の人々の福祉を増進するためにより多くの力を貢献してほしいと願っています。

次に、中日両国の青年仏教者の交流を一層強化するよう期待しています。そのための手段・方法などについて、われわれは日本仏教界と交流を深化し検討することを心より願っております。特に計画的で多形式・多層な交流を通じて、両国の青年仏教者に共同学習、共同修行、共同生活、共に弘法・利生の事業に従事する機会を提供し、相互理解とお互いの仏縁と友誼を深め、中日仏教交流の永続的な発展に推進力を提供するよう望んでいます。

最後に、中日仏教交流が引き続き積極的な役割を発揮するよう期待しています。中日両国の仏教は同じ法灯が継承されており、共通の信仰と追求を持ち、同じ経典と開祖を持ち、共に思慕する聖地があり、同じ精神世界と思想要諦を持ち、共に修道する友であり、法門の兄弟でもあります。精神信仰と法脈伝承という緊密な繋がり、そして仏教の平和無私の教義により、我々は自然と平和友好の使者となり、また、仏教も中日両国の人民の心を繋げる架け橋、文化の絆となっています。私たちはこれからも両国の人々の心をつなぎ、平和を守るために積極的な役割を果たし、国家間の平和共存と友好往来の如来の使者・平和の使者・文化の使者として、先達の仏教者に習い、中日の代々の友好の実現、北東アジアないしは世界の恒久的な平和と共同繁栄の実現のために、新たなる貢献を果たすことを期待しております。

三宝の慈悲の光の加護を祈り、「日宗懇」の事業がますます盛隆を極め、中日両国の友情が常に盛んで変わらぬことを心よりお祈りいたします。またご在席の先輩の皆さま、友人の皆さまのご健勝をお祈り申し上げます。

御清聴ありがとうございました!

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