日中仏教交流の再開

文化大革命によって長い間、中断されていた日中間の仏教交流が、ようやく再開されることになった。日中の国交が正常化されて三ヵ月後の一九七二年十一月、趙朴初中国仏教協会副会長から西川景文宗懇(日中友好宗教者懇話会)会長あてに書簡が届いた。その中には、中国仏教協会の近況について述べたあと、宗懇の友人たちが来春、中国を訪問することを歓迎するが書かれていた。

日中仏教交流の再開は多くの仏教者が長い間、待ちこがれていただけに、その知らせは日本仏教界にとって大きな朗報であった。

一九七三年五月十日から、三週問にわたって中国を訪問することになった。日本仏教界としては、一九六六年七月の真言宗豊山派親善使節団以来七年ぶり、文革後、初の中国訪問である。

一行の中に、読売テレビの記者が同行し、日本のテレビ局としては初めて、中国仏教の現状を取材し、紹介することになった。

訪中団一行は五月十日、羽田空港を出発。香港を経て、十二日午後四時、北京空港に到着した。空港には、中国仏教協会副会長趙朴初夫妻をはじめ、同会理事、法師や中日友好協会、中国紅十字会幹部など二十余人が出迎えるという、盛大な歓迎を受けた。

八年ぶりの再会を喜ぶ

この中で、趙朴初師と西川、大河内、菅原、三浦の諸氏は、文革以来、七、八年ぶりの再会で、感慨もひとしお、互いに無事を喜び合った。

交流再開を祝い日中合同法会

翌十三日午前九時、一行は広済寺を訪問。国交正常化と日中仏教交流再開を祝い、日中合同により、「祝願中日人民友好法会」が盛大に執り行われた。中国側は趙朴初副会長をはじめ明真、正果、一如の各法師、在家の信者ら五十余人、日本側は西川団長以下十人が参加。おごそかに、平和と友好の祈念慶祝供養を行った。

法要のあと、趙朴初副会長は「長い間、中日間の仏教交流が中断されていましたが、今回、宗懇の友人たちをお迎えできて、まことに、喜ぶに堪えない気持です。これを機に両国仏教の一層の交流、発展に努力していきたいと思います」とあいさつ。

これに対し、西川団長は「このたびの中国側の温かいご配慮に、心から感謝申し上げます。これからも両国の仏教交流の発展と友好のために、全力をつくしていく所存であります」と感謝の意を表した。

尚局長、宗懇の活動を評価

十四日午後、一行は国務院宗教局に肖賢法局長を訪問、懇談した。その中で肖局長は「宗懇の諸先生は、日中間の国交が正常化する前のきびしい時期に、数々の障害や困難を乗り越え、両国の友好のため真剣に努力されました。これは大変すばらしい、尊いことであります」と宗懇の活動を評価した。

この日の夜、北京飯店で、中国仏教協会主催の歓迎会が催され、一同、中国仏教協会、中日友好協会の諸先生と歓談、友好を深めた。

十六日は午前中、故宮博物院を参観。午後、人民大会堂に郭沫若氏を訪間、懇談した。この中で郭沫若氏は、河南省登封県少林寺に建てられている日本僧の記念碑の拓本を一同に披露し、日中仏教の深い関係について説明した。

趙副会長の自宅を訪問

そのあと、一行は趙朴初師の招きで自宅を訪問した。仏間には、明代の作といわれる仏身一メートルくらいの柔和な釈尊像が安置され、その前に十二基の小燭台があり、ろうそくが立ててある。団員十一人が一人ひとり点灯。「最後の一基は大谷瑩潤先生に対するものです」と趙朴初師が説明し、菅原恵慶師が代わりに点灯した。

大谷師への灯明は、病気のために今回の訪中団に参加できなかった師のこころをくんだ趙朴初師の温かい友情の表れであったといえる。

一同、お茶の接待を受け、趙朴初師を囲み、和やかな歓談のひとときを過ごした。

『日中仏教交流 戦後五十年史』より

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