趙朴初中国仏教協会副会長が初の来日


一九五五年八月六日から十五日まで、第一回原水爆禁止世界大会が、広島、長崎、大阪、東京で開かれた。これは、前年の五四年三月、アメリカが西太平洋のビキニ環礁で水爆実験を行ない、日本のマグロ漁船第五福竜丸が「死の灰」を浴びたことから、原水爆禁止運動が、内外に燃えあがり、世界大会開催の運びになったものである。

大会にはアメリカ、中国、インドなど世界各国代表も参加する意向を表明した。しかし、日本政府は国交の結ばれていない中国からの代表団入国には難色を示した。

大会に参加の意向を示している中国代表団の団員の中には、趙朴初中国仏教協会副会長が加わっていることが判明した。日本仏教界の有志は中国代表団の入国を認めるよう、外務当局に働きかけたが、なかなか、入国許可の見通しは立たなかった。大会の日はだんだん迫ってきた。

椎尾弁匡師が鳩山総理に直訴

椎尾弁匡師(増上寺法主・大正大学学長)は、「もはや、鳩山総理に直訴して談判するほかはない」といって、総理官邸に鳩山首相を訪ねて強く訴えた。

「日本と中国は二千年の交流の歴史を持っている。とくに、両国の仏教交流の関係が深く、固い絆で結ばれてきた。戦争によって、両国仏教の交流は中断されているが、一日も早く、交流と友好親善を回復することが、私ども仏教徒の念願であり、これはまた国益にもかなうことである。今回の訪日団の中には、仏教徒がひとり加わっていると聞いている。代表団の入国が難しいのであれば、せめで仏教徒だけでも入国させて頂きたい」

椎尾師の熱意と真剣な説得に鳩山首相も動かされた。やがて、中国代表団にも、入国査証が認められることになった。

しかし、中国代表団は8月6日の広島大会には間に合わず、九日夕刻、羽田空港に到着した。空港には、日本平和委員会、日中友好協会などの平和諸団体、曹洞宗、日蓮宗など仏教各宗派、そのほか各界代表二百余人が参集、一行を熱烈に歓迎した。

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