天台宗訪中団が戦後初めて天台山へ

天台宗を中心とする仏教代表団が、戦後初めて中国を訪問することになった。

宗派代表団は戦後初めて

天台宗は一九六四年、慈覚大師千百年忌を迎えたが、これを記念して、中国天台山から、比叡山延暦寺に、精密な楷書で書かれた「法華経(微楷精書)」一部が贈呈された。天台宗ではこの心ある奉納にこたえて、「天台山法華経上納答礼使節団」の派遣を宗議会で議決、この皆を日中仏教交流懇談会を通して、中国側に伝えていたが、一九六五年四月初旬、中国仏教協会から、正式招待状が届き、念願の中国訪問が実現することになったのである。

当時、日本仏教代表団の中国訪問は、日中仏教交流懇談会が窓口になり、全日本仏教会が各宗派と協議して、訪中団の編成や人選に当たってきたが、今回のように、一宗派を中心とする代表団の中国訪問は、戦後初めてで、画期的なことであった。

天台宗にとっては、戦前の一九 三六年(昭和十一年)四月、大森亮順浅草寺貫首(天台宗探題、宗務総長)を団長とする一行十九人の天台山参拝以来、三十年ぶりの参拝となる。

一行は四月二十七日、羽田空港を出発、香港、広州を経て、五月一日、杭州に到着した。翌二日午前八時周叔迦中国仏教協会副会長の案内により、車で天台山に向かった。

午後三時、国清寺に到着、門前には住持の澹雲法師から寺僧三十余人が一行を出迎えた。鐘や太鼓が一せいに鳴り響くなか、大雄宝殿に案内されたが、これは賓客を歓迎する中国の伝統的作法である。

智者真身宝塔に五体投地礼で礼拝

本堂入りの上には「光照世界」と大書された幡が掲げられ、堂内中央には釈迦牟尼仏、右に勢至、左に普賢の両菩薩が安置されている。本堂に参拝、少憩のあと、澹雲法師の案内で智者大師のご廟·真覚寺へ向けて出発した。午後五時、真覚寺に到着する。

智者真身宝塔に五体投地礼で礼拝

本堂の入り口には「智者肉身塔」の額が掲げられ、堂の中央に高さ二丈ほどの三層の智者真身宝塔が安置されている。印眞座主はじめ一同、ひとしお、感激の面持ちで、五体投地礼にて礼拝する。

次いで、印眞座主を導師に、舎利礼文、自我偈を読誦、高祖智者大師の名を唱えながら宝塔の周りを行道した。秘書長の壬生照順師は「このとき、高祖の恩愛に抱かれている有り難さに、とめどもなく、涙があふれてきました。お座主も他の者も。ことばが出ないほど、感涙にむせんでいました」と語っている。(『宗数公論』一九六五年八月号)

名物の精進料理で歓迎宴

その夜、七時から、客殿で歓迎宴が開かれた。澹雲法師は、次のように挨拶した。

「印眞座主をはじめご一行の来山を、心から歓迎いたします。戦後初めて、日本天京宗のご一行をお迎えできたことは、中国天台宗にとって、まことに喜びに堪えないところであります。これは中日仏教交流の歴史の中でも、大きな意義をもつものと思います」これに対し、眞座主は「昨年、慈覚大師千百年忌に際し、貴重な『法華経』を拝受いたしました。そのご厚志に感謝し、高祖大師の慈恩に報いるため、このたび、参上致しました。高大師のご廟·真覚寺に参拝することができて、一同、この上もない感激にひたっているところです。中国天台宗並びに中国仏教協会に心から感謝申し上げます」と挨拶した。

一同は、天台山名物の精進料理に舌鼓を打ちながら、和やかに歓談のひとときを過ごした。 澹雲法師の語るところによると、天台山は、戦争のため、過去三十年にわたり荒廃していたが、一九五七年、政府によって修復され、永年の夢であった電灯もともるようになった。現在、僧侶数は六十余人、五キロ平方の山林、茶畑、薬草畑、水田などが寺有地として認められ、自給自足しているという。

日中の天台僧が一同に会し大法要

天台山国清寺で一夜を明かした使節団一行は、翌五月三日、大雄宝殿で、日中合同の大法要に参列した。

午前八時、紫衣をまとい、純白の探題帽をかむった印眞座主をはじめ法衣に威儀を正した一行は、鐘と太鼓を合図に、大方丈から大雄宝殿に向けて、行道を始める。

大雄宝塔では、すでに二十五條袈裟をつけた澹雲法師をはじめ国清寺衆僧六十余人が堂内左右に整列し、座主一行の到着を待っていた。

大法要は、まず、澹雲法師ら国清寺衆僧による読経から始まり、続いて、印眞座主導師により、法華識法が、おごそかに修せられた。流れるような読経の声と鐘、太鼓の音が堂内に響きわたった。

日中両国の天台僧が、一堂に会し、高祖天台智者大師への敬慕と報恩感謝のおもいをこめて、勤行することは、未會有のことであった。法要が進むにつれて、堂内には感激と法悦の喜びがあふれていた。

法要のあと、日中双方から、記念品が贈呈された。続いて、佐伯天台宗議会議長が、「天台、伝教両大師をはじめ日中仏教交流の祖師の顕彰や両国仏教徒の平和への貢献」などをうたった「天台宗議会決議」を明読した。これにこたえて、周叔迦中国仏教協会副会長が「このたびの日本天台宗使節団の来訪は中日天台宗交流歴史を新たにするばかりでなく、両国仏教徒の友好交流、アジアの平和のためにも、大きな足跡を残すものである」とあいさつ、今回の答礼団の来訪を評価した。

『日中仏教交流 戦後五十年史』より

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