中国仏教協会代表団が来日する

中国仏教協会訪日友好代表団が、一九七八年四月、三週間の予定で日本を訪問することになった。

当時、中国では毛沢東主席の逝去によって、華国鋒主席の新体制が発足。十年間にわたった文化大革命もようやく収束し、日中仏教交流を促進する機運が高まっていた。

十四年ぶり、中国仏教代表団の来日

宗懇(日中友好宗教者懇話会)や日中友好仏教協会では、中国仏教代表団の「訪日招請」を、趙朴初中国仏教協会責任者に何回か伝えていた。そして七七年七月、第二次宗懇訪中団が中国訪間の折、趙朴初師は初めて、七八年春ごろ日本を訪問する意向を示したのである。中国仏教代表団及び趙朴初師の日本訪間は、一九六四年以来、十四年ぶりである。日本側では、宗懇(関東)、日中友好仏教協会(関西)が中心となり歓迎委員会を組織、歓迎準備を進めることになった。

中国代表団一行は、四月十日午後九時半、羽田空港に到着した。

空港には、菅原恵慶宗懇会長、道端良秀日中友好仏教協会理事長、赤津益造日中友好協会副会長をはじめ中国大使館から符浩大使、陳抗参事官、東京華僑総会から黄文欽副会長など多数が出迎えた。

椎尾弁匡長老の面影を語る

翌日十一日午前十一時半、一行は増上寺を訪問。大野法道法主、金田明進執事長、飯田信弘日中友好浄土宗協会副会長らの出迎えを受け、故椎尾弁匡前法主の遺影が掲げられてある新大殿に参拝した。趙朴初師は、椎尾前法主の遺影を拝しながら「今から二十余年前、私が初めて日本を訪問したとき、椎尾長老は中国代表団の日本入国に尽力されました。長老の面影は、今でも強く印象に残り、心から尊敬しております」と感慨深げに語った。

盛大な歓迎会、三百余名が出席

同日午後六時から、ホテル·ニューオータニで訪日団の歓迎会が盛大に行われた。仏教界各宗派代表、日中友好諸団体代表、友人など三百余人が出席。趙朴初団長一行は、符浩駐日大使とともに万雷の拍手に迎えられて入場した。

まず初めに菅原宗懇会長が、歓迎委員会を代表して次のようにあいさつした。

「私たちは、長い間、趙朴初先生をはじめ中国仏教代表団の皆さまのご来訪を、お待ち申し上げておりましたが、本日、ここにご一行の来臨を賜わりましたことは、まことに、慶びに堪えないところであります。今回の中国訪日団の来日を機に、二千年にわたる日中仏教友好の歴史を新しく切り開き、両国の平和と発展のため、大いに努力してゆきたいと願っております」

続いて、友好諸団体を代表して、黒田寿男日中友好協会会長が歓迎のことばを述べ、金子日威池上本門寺貫首の音頭で乾杯、一行を心から歓迎した。

これに対し、趙朴初団長は次のようにあいさつした。

「このような盛大な歓迎宴を開いていただき、諸先生に心から感謝申し上げます。私は十数年ぶりに日本を訪問しましたが、日本の古い友人のことは、片時も忘れたことはありません。とくに、中国人殉難者慰霊事業に挺身された故人の大谷瑩潤、大河内隆弘、小野塚潤澄、西川景文の諸先生や椎尾弁国、高階瓏仙の長老たちが、日中友好のために尽くされた偉大な業績を忘れることはできません。また、宗懇や日中友好仏教協会の友人たちが、日中友好のために献身的な努力をされていることに心から、敬意を表します。現在、中国では“四人組”を粉砕し、中国仏教徒は喜びにあふれ、新中国の建設に張り切っております」

このあと一行を囲み、和やかな歓談が続いた。午後八時、道端良秀二日中友好仏教協会理事長のあいさつで、歓迎宴の幕を閉じた。

『日中仏教交流 戦後五十年史』より

Copyright © 2009-2012 longquanzs.org All Rights Reserved. 版权所有