「黄金の絆」、どうやって発展させていくべきか?

天台宗総務部長 務元

韓・中・日の黄金の絆の時代的意味と価値

まず去る1995年5月21日、「北東アジア3国仏教の黄金の絆」を主唱してやり始めた「韓・中・日仏教友好交流大会」が、いつのまにか 13回を迎えるようになったことをお慶び申し上げますとともに、今日集まった各国を代表する仏教のリーダーたちと関係者の皆様に限りない感謝を申し上げます。

現在私たちが生きているこの時代は無限激動の時代です。

この時代を一緒に生きている私たちにとって、自然や社会、経済などすべての環境は、適応や理解すらできないうちに絶えず変化して、昔のように一日も楽に暮すことができない時代です。しかしながら、もっと深刻なことは単なる変化だけでも息が切れそうなんですが、その変化とともに迫って来る様々な形の危機のことです。

今この瞬間にも言論やマスコミのみならず実生活の中でも深く感じることは、異常気象による各種の災難、またそれとともにグローバル経済危機による庶民経済の破壊などが、国や個人を問わず我々の首を締めて来るということです。ところで問題はこのような危機が構造的な問題や生態環境の変化によって生じたのではなく、人間ひとり一人が持っている倫理と価値観が崩壊されて生じたことだからこそ深刻なのです。

伝統的に精神世界が根幹となって人間の道理が重要視されて、分かち合いと幸福の根本となった世界が、急にひたすら物質的な豊饒と享楽・快楽の充足が倫理と価値観になった結果起きたことなので、私たちをより多く苦しめています。 したがって誰しも、このような不確実性の時代には、難しく重要な決定をより多く、そして迅速に下すべきであるにもかかわらず、何が正しくて何が間違っているのか判断できないため戸惑うわけです。

そういった場合、経験と知識が豊かな人やお父さんのような大人たちを訪ねようとしますが、そのような方は周りに多くいないか、ほとんどいないと言えるでしょう。

結局現代を生きている私たちには「今している事は何のためなのか?」そして 「果して私にとって今大切なのは何なのか?」などを点検してくれる存在が必要です。倫理と価値観をもう一度再定立するように誘導する羅針盤やナビゲーションが必要であり、現在の自分自身の位置と状況を知らせてくれるGPSや時計がなければならないということです。

そうすると、誰がその役目を果たすべきですか?

即ち、仏教が、そして黄金の絆が、それからここに集まっている私たち全員がしなければなりません。お釈迦様はもう数千年前に人間にとって一番大切なのは何であり、どう生きるべきか、誰でも胸をわくわくさせる遠大なるビジョンは何なのかについて8万4千回も説法しました。

私たち韓・中・日の黄金の絆はそのようなお釈迦様の教えを灯火として率先しなければなりません。

実は思想と体制を乗り越えて、ただ3国間の仏教的友好交流の次元で始まった本黄金の絆は、その間各国の仏教関連の学問の発展と交流の増大を通じた仏教文化圏の拡大など多様な成果を出してきました。

しかし、今はもっと積極的な姿勢で、私たちが今すべきことは何なのか、そしてどのような使命感を持って取り組んだらいいのか、窮極の目標は何なのかについての考察が必要な時期です。

昔、煙瓦を積み上げる三人の職人がいました。

彼らに今何をしているかと聞いたら、一人は「ただ煙瓦を積んでおります」といい、二番目の人は「見れば分からないか? 今熱心にお金を儲けているんだ」といい、 三番目の人は「私は今お釈迦様のための仏事をしている」と答えたといいます。

私たちが後でまた評価をするまでもなく、誰がもっとも熱心にそして幸せに仕事をしたのかは見当をつけることができると思います。

同じ煉瓦職人であっても心の中にどのような考え方を持っているのかによって行動が違って来るように、今回「韓・中・日仏教友好交流大会」に参加しているか、賛同している三国の僧侶たちと四部大衆たちは、三番目の人のように木を見るのではなく森を察する心で、また示している指を見るんではなくて月を見る心で、黄金の絆の事業に参加しなければならないのです。

そのようにしてこそ、各国の利害関係によって甲論乙するのではなく、ただお釈迦様の説法に従って行動し、お釈迦様の真理に従って実践する黄金の絆になると思われます。

黄金の絆の実践的な発展方案

実は前述したように「韓・中・日仏教友好交流大会」の黄金の絆は、三国仏教の発展に関わってさまざまな成果を出しました。

各国寺院の管理、僧侶の育成、在家信者の教育、文化交流などにおいては、たくさんの実を結んでいる過程なのでそう思います。

しかしながら、私たち黄金の絆が担うべき国際的責任と義務の側面から見ますと、形式的な宣言文の採択、一回性の学術会議と聖地巡礼などを除いたら、可視的な結果物は出ていないということは誰もが共感するところでしょう。仏教はお釈迦様も常におっしゃっていて、再三強調したように実践が重要な宗教です。いくら多くの経典を持ち、聞いて、読んで、書いて、覚えても実践が伴わなければ、その功徳は全然貯まらないとお釈迦様がそうおっしゃったからです。

だから私は本日この席を借りて、私たち黄金の絆を通じた国際的次元の3つの実践方案を提案しようとします。

まず、第一は「(仮称)卍仏災難求助団」の創設です。

皆様もご存知のようにまた感じているように、現在韓・中・日三国を含めた全世界の国々は凡地球的次元の多様な災難で苦しんでいます。それ故にかつてから国連などの国際機構やグローバル経済団体、宗教団体、NGO、国際企業、先進国などの次元で様々な形態の予防措置や救護システムが運用されています。

それならお釈迦様の永遠なる真理である慈悲と愛を具現しようとする黄金の絆も、当然ここに集まった私たちが主軸になって国際的規模の医療、救助、食糧支援を担当する救助団を創設すべきであるというのが、「(仮称)卍仏災難求助団」の創設理由です。

お釈迦様も『増一阿含経 九衆生居品』で曰く、「私は一体の病人の面倒を見て、救護する者のいない者を救護し、盲人には目になってやろうとする」とし、「病人の面倒を見ることは即ち私の面倒を見て供養することと同じであり、その功徳は何よりも大きい」とおっしゃいました。

もちろん詳しい事項につきましては、実務的な次元で議論して工夫しなければならないですが、私たちの黄金の絆はお釈迦様の教えに従って、韓・中・日の三国に救助団の支部を常設機構化して、各国の仏教徒の中で医療、救助、食糧支援関連の専門家の中でボランティアを選抜して、有事時共同で出動させるシステムにしようということです。当然その対象国は韓・中・日の三国だけではなく、立ち遅れた仏教国を含めた全世界になり、宗教と理念については何の条件もなしに実行されるべきです。

第二は、黄金の絆の3国が共催する韓・中・日仏教博覧会(エキスポ)の開催です。

韓・中・日の伝統文化は、実は仏教文化とほとんど同一視しても過言ではない位に、その脈を一緒にしていて、その脈は過去から今までも続いています。

しかし、三国が経てきた過去のいろんな理由によって、三国を貫く仏教文化の脈は疲弊して荒れ果ててしまったことも事実です。

黄金の絆はそのようなわけで「韓・中・日仏教友好交流大会」を通じて、新たな和合と疎通の門を開いたように、本大会の結果物を三国とその周辺国、ひいては世界の人々に見せてやる出会いの場を開くべきであるというのが、博覧会の開催を提案する理由です。

また、一部商業的目的によって行われる仏教博覧会とは違って、お釈迦様の真理をただ仏教的次元で広く知らせる目的で行われるべきであることも、理由の一つです。

最後に本博覧会をもっと発展させて世界のすべての仏教徒たちが各国で隆盛した仏教文化を思いきり誇る世界布教の現場として位置づけることが、お釈迦様を仕える僧侶としての願いであります。

第三は、黄金の絆の3国が共同で企画し製作するミュージカルや映画の製作などエンタテインメント分野の事業とインターネットを基盤とするデジタル布教の場を用意することです。

現代社会はもう人と人が一対一で対面して話しをするアナログ的な時代ではありません。

したがって多数の大衆を対象にするエンタテインメント的な要素が加味された布教の技法と、同時にデジタル化した科学的な布教が必要です。

仏教は、現代科学ではもはや学問化している理論を、もう数千年前にすでにお釈迦様の説法によって理解して先行した先端の宗教であるにもかかわらず、外部とよく接しない特性によって古いとか時代遅れだと誤解されています。

したがってそのような誤解と偏見を払拭する、新しい仏教文化の確立のための先導者の役目を、私たち黄金の絆でやり始めなければならないのです。

まず、お釈迦様の生涯と幾多の経典を現代的な観点で解釈したミュージカルと映画、あるいはその歴史的事実を裏付けるドキュメンタリーなどを、三国が共同で企画・製作して、世界の人びとがお釈迦様の教えこそが灯火であり羅針盤であり、また時計でありナビゲーションであること、絶対不変の真理であることを大悟覚醒して勇猛精進できるように支援しなければなりません。

またGoogleやYahooのような検索サイトのように、全世界の仏教徒らと予備仏教徒らが自由に活用するインターネットを基盤とするデジタル布教の場を用意しなければなりません。韓・中・日三国のみではなく、他の仏教圏でも共通に感じて認識していることは、仏教についての若者たちの無関心であるはずです。

もちろんますます世代間の間隔はもっと深化しているごろですので、宗教だけではなく政治や社会に対する若者たちの無関心はもう既成事実でもありますが、その前に私たち仏教徒たちが若者たちに対して、先に理解して包容し、導いたのかについて深い反省もあるべきだと思われます。

仏教文化に若者たちを引っ張ってきて合わせようとする前に、彼らに合わせて仏教を知らせて理解させる作業が先行したら、2002年度韓国の中心部で起きた「『蝋燭の火』抗議行動」のように、まったく新しくて、しかもより熱く派手な仏事が成り立つと確信します。

先が全然見えない無明の時代
誰も未来を予測できない激動の時代
倫理と価値観が汚染して毀損された時代
物質的な豊饒の中でより疲弊された精神的恐慌の時代
情報の洪水の中でも実際的な必須情報はない情報の不在時代

深刻な渇きと飢えの時代を生きている現代人と青少年たちに、私たち黄金の絆は手を差し伸べなければなりません。

お釈迦様の教えを灯火にして、前に前進できるように道を明るく照らしてあげるべきです。

あらゆる世の中の悪いことを業にして、異端の水の中で罪をきれいにすると錯覚している人びとに、お釈迦様の教えを業にして、お釈迦様の教えの中で罪を洗うようにするべきです。出身と学問、理念と人種を問わず夢を持ち、希望を持って熱心にお釈迦様の教えを真理と信じて、努力する時新しい人生と喜びが近付くことを分かるように、本日ここに集まった皆様がもっと努力しなければならないし、それが即ち黄金の絆が発展する道であることをもう一度強調しながら、終わりにしたいと思います。

皆さんの未来にいつもお釈迦様の加被がご共にあることをお祈りいたします。

ありがとうございました。

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