広済寺で日中合同法要

一九六三年九月三十日、鑑真和上記念大法要の行われる広済寺大雄殿正面入り口には「紀念鑑真大師円寂一千二百年、祝顕中日人民友好法会」と書かれた横幕が、大きく掲げられ、その前庭は、堂内に入り切れない僧侶、尼僧、在家信者など三百余人で埋められた。

午前十時、中国側僧侶、日本仏教代表団が入堂する。正面式壇には、数々の供物が捧げられてある。日本、中国それぞれ、導師のもと、献香、読経と進み、鑑真和上を偲ぶ大法要は盛大に行われた。

紀念大会に各界代表二千名が出席

一方、十月四日午後三時から、政治協商会議講堂で、中国仏教協会、中国人民対外文化協会の共催により、「鑑真大師逝世千二百年紀念大会」が、僧侶、尼僧、在家信者をはじめ各界の代表二千人が出席して、盛大に行われた。

大会はまず、楚図南中国人民対外文化協会会長から開会のあいさつがあり、続いて趙朴初中国仏教協会副会長が「古代中日文化と友誼の偉大な伝播者·鑑真大和上」と題する講演を行った。このあと、日本仏教代表団·金剛秀一団長、日本文化界代表団·安藤更生団長が、それぞれ壇上に立ち、あいさつした。

金剛団長は、鑑真和上が日本仏教の発展に尽くされた偉大な功績を讃えたあと、和上の祥月命日に当たる五月六日、東大寺で盛大な法要を厳修したこと、前進座によって井上靖原作「天平の甍」が上演され、好評を博していること、歌人土岐善麿氏が「鑑真」という題の能を制作中であることなどを紹介、さらに鑑真和上を日本に招聘することに努力した栄叡、普照両大師のゆかりの肇慶市郊外に記念碑を建立した中国側の好意に感謝の意を表明した。

そして最後に「私たち日中両国仏教徒は、鑑真和上円寂千二百年を契機として、和上の不屈の精神と堅固な信心に学び、両国の仏教交流を、さらに促進し、アジアと世界の平和のため、共に努力していきたい」と述べた。

各地の鑑真大師法要に参列

代表団一行は、北京のほか各地で行われた鑑真大師記念の法要にも参列した。九日夜、上海に到着、十日、玉仏寺で行われた鑑真大師記念法要に参列、十三日には南京に入り、翌日、市郊外の棲霞寺を訪問、日本から持参した鑑真和上像を堂内に安置、日中合同の大法要を行い、午後、いよいよ、和上ゆかりの揚州に到着した。

法浄寺で法要と記念集会

十月十五日は、鑑真和上が、日本に向けて六回目の渡航に出発した記念すべき日である。この日、午前十時から、和上が住持をつとめたゆかりの法浄寺平山堂で記念集会、引き続き本堂で、鑑真和上慶讃大法要が日中合同で盛大に執り行われた。

本堂の式壇中央に鑑真大師、両側に栄叡、普照両大師の位牌が安置され、その前に数々のお供物と香が捧げられてある。法要はまず、中国僧六十余人による読経、続いて、日本仏教代表団の読経の順序で進められた。

法要のあと、来賓として出席した揚州市長が、代表団の来訪に歓迎と感謝のことばを述べ「私たちは、和上の偉大な精神を引き継ぎ、共に日中友好と平和のために、更に努力していきたいと願っております」とあいさつ、続いて金剛秀一団長が、和上の偉大な足跡を讃えたあと、記念集会、法要開催のためにつくされた関係者の努力に感謝の意を表した。日本文化界代表団安藤更生団長は鑑真和上研究家として知られているが、和上の遺趾研究のため十余回も揚州を訪ね調査に当たったときの苦労談を披露、出席者に大きな感銘を与えた。

「日中仏教交流戦後五十年史」より

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