日本宗教の調和性

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情報元:商業文化 筆者:武青 時間:2010-05-11

経済のグローバル化が急速に進む現代において、民族間の文化交流が日に頻繁になってきています.中では、一つの国の核心文化としての宗教文化を理解して初めて、真の文化交流が成り立ちます.そのために、日本という国を理解するには、日本の宗教への研究が必要不可欠になっています.本稿では、日本宗教の現状とその独特な宗教意識への考察を通して、アジア諸国との異なった日本文化をより一歩進んで理解をし、更にその文化的特性から中国の調和社会構築へのヒントを見出したいことを目標としています.

宗教と文化は緊密に関連しています.異なった宗教理念から各民族の人々の考え方の違いが生じ、更に文化的な差異が生じてきます.日本文化の形成と発展において、宗教はずっと重要な役割を果たしてきました.

一、日本人の独特な宗教・信仰意識

周知の通り、日本は人口1億あまりの島国であります.日本文化庁宗教事務課の統計によれば、2002年12月31日まで、日本の神道の信者が10,600万人おり、仏教信者が9,600万人いることがわかります.この二つの信者数を合わせただけでも、日本の総人口数を一倍も超えることとなります [1].あの科学技術が高度に発達している日本で、その国民がなぜこのように宗教に熱中するのでしょうか.先進国としていながら、日本はなぜこれほど多くの神社と寺院を持っているのでしょうか.神道信仰と仏教信仰を同時に持ち合わせている日本人はなぜこのように大勢いるのでしょうか.また、日本人が家の中で神と仏と同時に安置すること、そして映画などでよく見られる困った日本人が神と仏、そして祖先に祈り助けを求めるシーンがありますが、これは中国人と欧米人の目から見れば大変不思議なことです.それにもかかわらず、日本人はなぜ自然にできるのでしょうか.

それは、日本では二種類以上の信仰を同時に持つことが普通に許されているからです.日本人の宗教意識の中では、神道と仏教が並存するもので、神と仏が平等的であります.歴史の流れにおいて、神道と仏教の関係は形式的に変貌したものの、神仏並存の思想は一貫として日本人に深く影響しています.

二、日本宗教の調和性の現れ

日本の宗教は古くから日本文化を影響し、日本人の生活で重要な位置を占め、日本人の生活に融け込んできました.

1、古代建築物

京都府左京区の銀閣寺は寺院建築物を代表する建物の一つです.日本建築の伝統の影響で、銀閣寺は茶道と禅宗文化を重んじ、庭園では貴重な石や樹木が設置されています.しかし、不思議なことに、その中ではひとつの目立たない普通の「鳥居」があります.目がくらむほど美しい銀閣寺に気がとられ、その石の鳥居の存在はガイドに見逃されるほど普通です.しかし、鳥居とは元々神の領域と人の世俗を区切るシンボルである以上、日本伝統的信仰文化の神社建築の象徴であるはずの鳥居が、仏教の寺の境内に現れるとは、実に摩訶不思議なことであります.

また、日本人の中では、古くから信仰されてきた神道と伝来してきた仏教は、同じような役割を持っていることを信じられ、神も仏も人を苦難から救済し、神も仏のように「菩薩」の名を得ることができると考えられています.そのために、多くの神や神社は二つの顔を持っていました.例えば、国家鎮守や災厄祓いなど多くのご利益が信じられている八幡の神がありますが、鎌倉時代以来、それを祭る神社は日本各地で400箇所を超えました.[2]ここで、日本人宗教信仰の特殊性から、八幡大神は八幡大菩薩とも呼ばれ、八幡神社は八幡大菩薩神社とも呼ばれてきました.

2、神仏習合の宗教活動

上述の通り、日本人の宗教意識において、神道と仏教は平等的に並存するなものであり、日常生活でそれぞれの役割を持っている以上、多くの日本人は神仏習合的な宗教活動に参加しています.

その中で最も端的な例は、大多数の日本人は結婚式が神前式或いは教会式で行われ、葬式が寺で行われることです.他にも、クリスマスが近づくと、キリスト教徒でなくても、日本人は積極的にクリスマスツリーを飾るし、大晦日に鐘を聞くために寺院まで脚を運び、お正月には家族の平安と新年の幸せを祈りに、神社へ初詣にいくことが挙げられるでしょう.また、七五三になれば子供を神社につれてその健やかな成長を祈り、旧暦7月15日になれば仏教の教えにしたがって帰省し、ご先祖様を祭ります.


三、日本宗教の調和性の形成の背景

1、当時の社会状況

神道は日本の原始宗教と固有宗教として、氏族の繁栄や農業生産の豊作への祈願などの社会共同体の幸福のために存在するものです.それに対し、仏教は完成した理論体系をもつ外来宗教だから、その伝来の際、両者の対立は不可避なものでした.その後、社会の発展に伴い、仏教の国家鎮守や百姓救済などの現世利益にかかわる内容がだんだん権力者に受け入れられるようになりました.そのほか、氏族社会の終末を迎えようとしていた当時の日本社会においては、原始宗教だけでは個人の幸福への需要が満たされなくなったため、政府から庶民までだんだん神仏調和の態度を取るようになり、神道と仏教の両立を受け入れるようになりました.

2、日本人の「和」の精神

日本はアジアの国でありながら、東西の文明を広く取り入れ、その独特な文化様式を形作ってきました.その中で、いろいろなものを取り入れるという特徴が挙げられ、その文化の融合において日本人の「和」の精神が大きな役割を果たしています.「和」の精神はその本質が調和であり、その概念は聖徳太子の時代まで遡ることができ、「和を尊しとする」ことを強調していました.そのために、外来文化に対し、日本人は寛容と柔軟性を大きく示しています.だから、神仏をともに信仰することができ、両者の理念を融合させ、「神仏習合」という新しい宗教理念が作り上げられてきたわけです.

四、日本宗教の調和性からのヒント

情報化及びポスト工業化の進行に従い、宗教や文化の差異による紛争が後を絶ちません.しかし、いくつもの宗教が並立する日本社会においては、過激な宗教及び文化的な紛争は一度もありませんでした.それは、日本の「和」の精神によってもたらされた多種多様な文化を取り入れて調和した文化を築き上げる態度が原因だと言えます.そして、これが中国の民族と文化の多様性の富む調和した社会構築にとって、大変良いヒントを与えてくれます.

1、積極的に文化交流を促進

経済のグローバル化に伴い、我々の地球はどんどん小さくなってきています.違った背景を持った国の文化交流は必要不可避なものとなりました.それに対し、「広く取り入れて、積極的に世界に出て」、「価値のあるもののみを吸収する」との原則の下で、世界各国の優れた文化を学び、一方、中国の数千年の歴史にわたる文化を世界中に紹介すべきです.そうして初めて、グローバル化における文化交流が民族間の理解と協力への促進になり、更に他の面での緊張の緩和にもなります.そして、このような仕組みのもとで、各国は引き続き異文化交流と相互学習を進め、共同発展を促進し、安定した国際環境を作ることができます.

2、自我文化の主体性を保つ

日本は古くから外来の先進文化を吸収してきました.このように、日本民族は外来文化を巧みよく吸収し、消化する民族だと言えます.それにあたり、日本は自らの需要に基づいて取捨選択をします.そして、外来文化を取り入れる際も、日本文化を主体性をなくすことなく、外来文化の本質を見抜くうえで、それを自文化の一部に変換します.

このように、我々が外来文化を受け入れる時、自分の伝統文化を弱めたり、ただ盲目的に外来文化をコピーし、自文化の主体性をなくしたりするわけにはいけません.上手に取捨選択をした上で、各国の優れたものを最大限に取り入れ、己の不足点を補足し、自民族の文化を豊富にしていくべきです.同時に、文化の創造を強め、文化の発展を促進し、時代の需要に応じて、調和した社会の向かって先に進むべきです.

筆者情報:河北大学外国語学院

参考文献:
[1]http://ja.wikipedia.org/wiki/
[2]http://baike.baidu.com/view/64979.htm
[3]龚志明..2000『神仏調和――日本人独特な宗教信仰』 [J].日本語知識
[4]尾藤正英.1993.『日本文化論』[M].放送大学教育振興会
[5]梅原猛.2006.『世界の中の日本宗教』[M].四川人民出版社
[6]鲁碧华.2002.『日本文化の二元的特徴について』[J].四川教育学院学報

 

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