アクセス

総受付﹙代表﹚

所在地住所:北京市海淀区龍泉寺路27号龍泉寺

郵便番号:100194

電話番号:010-62409092

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Blog:http://blog.sina.com.cn/xuecheng

ホームページ:http://longquanzs.org/

交通のご案内

バスをご利用の場合:

頤和園から鳳凰嶺まで346路公共バスに乗る.鳳凰嶺景区に入り、300メ

ートル直行すると龍泉寺に到着.

頤和園発の運行時間:6:00-23:00

鳳凰嶺発の運行時間:5:20-21:30

切符代:2.5元

距離:26キロぐらい

お車をご利用の場合:

1 頤陽路(頤和園→京密引水渠の西岸に沿って→温泉を経て、道標によって運転してください.)

2 八達嶺高速→北安河の出口→北清路から西側に向かい→京密引水渠から北側に向かい、道標によっ

て運転してください.

3 北五環→肖家河橋→農業大学→永豊路→北清路、道標によって運転してください.

http://map.baidu.comで、調べられます.

境内のご案内

山門

古代の寺は数多く山と森の内に建てられました.表門には三つの門が並び、俗称で「山門」、「三門」といいます.三門はぞれぞれ解脱の道に通じる「空門」、「無相門」、「無作門」を表わします.仏教の礼儀により、真ん中の山門殿は、住職がお寺を出入りする時の通路です.殿内に供えている吽形像と阿形像は密迹金剛の化身で、お寺を守護し、悪人を戒め、善人をほめたたえ、悪魔を降服させる重責を担います.

金龍橋

山門内にある金龍橋は、龍泉寺の初代の住職である継昇和尚が、三年間托鉢し回って建てられ、今までに発見された北京のお寺の中では、もっとも古く大きい単孔式石橋です.橋に彫られていた飾り物は跡形がなく、橋の地面はデコボコになっています.地面の石は角がけずられています.金龍橋を歩くと、千年なりの年月も重ねた歴史の重さを感じられます.

銀杏の樹

 高くまっすぐに伸びた銀杏は2本あり、雌樹は金龍橋の北にある天王殿の前にあり、雄樹は古刹の旧跡に当たる大雄宝殿の階段のそばにあり、幹が向って傾きあい、千年あまりの間、お互いが見詰めあっているかのように、今でも枝葉が茂り、生気が満ちています.

天王殿

天王殿は弥勒殿とも言い、弥勒菩薩、四大天王﹙四天王﹚、韋駄菩薩﹙韋駄天﹚を供えています.

弥勒菩薩

経典によりますと、弥勒菩薩は兜率浄土に住み、補処にいる等覚菩薩であり、56億7千万年後この世にくだり、釈迦牟尼仏の後、次期の娑婆世界の教主になります.「大肚能容、容天下難容之事;笑口常開、笑世上可笑之人」(その大きなお腹は、受け入れ難いこともすべて受け入れることが出来る.常に笑顔で世間のおかしい人を笑う)ということばは、その楽観的、包容的な精神を表現します.

四大天王﹙四天王﹚

弥勒菩薩の両側におり、法器を手にもった四大天王﹙四天王﹚は娑婆欲界の四王天にある四人の天神です.琵琶を手にもった東方の持国天は、音楽で衆生を済度し、剣をもった南方の増長天は、仏法を守護し、赤龍をもった西方の広目天は、われわれの内心にある無明と妄執を降服させ、右手に傘、左手に鼠をもった北方の多聞天は、こころの清浄を保つように正法を聞こうと教えてくれます.


韋駄菩薩﹙韋駄天﹚

弥勒菩薩の後ろにあり、釈迦牟尼仏に対面する韋駄菩薩﹙韋駄天﹚は、普眼菩薩の化身です.本願は「仏たちが出世し、仏法を擁護する」ことなので、娑婆世界に常住し、伽藍を守ります.甲冑を身にまとい、黒い靴をはき、金剛杵を手にもち、仏法を守る護法神の姿で示現されます.賢劫千仏の中では、最後の仏になります.

大雄宝殿﹙大仏殿﹚

釈迦牟尼仏

仏教の教主です.2500年も前、兜率天から娑婆世界へ降り、古代インドのカピラヴァストゥ国の太子になりました.生誕日は旧歴4月8日で、台湾、香港ではこの日を法定休日としています.釈迦牟尼仏が生まれたとき、七歩歩いて、その一歩一歩が歩くと、蓮の花が咲いていました.九つの竜が水を吐きだし、釈尊に浴びせました.その時、片手で天を指し、片手で地を指して「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげ ゆいがどくそん).仏になるため、この世の中に来たのだ.この世に最後に生まれるのだ.」と言ったことから、この日は仏の生誕の日になりました.仏教の主旨は、すべての衆生が徹底的に円満に苦しみから脱却し、ついに仏になることです.仏教では、宇宙運行のもっとも基本的な規則は「因果法則」であり、つまり、「瓜の種を蒔けば瓜がとれ、豆の種を蒔けば豆がとれる」ということです.われわれが常に言っているように、「善は善によって報いられる、悪は悪によって報いられる」のです.仏陀が「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」と戒めました.釈迦牟尼仏は衆生にも離苦得楽への真の道を明示しました.

阿弥陀仏

阿弥陀仏は、西方極楽世界の教主です.われわれが常に念じた「南無阿弥陀仏」は無量寿仏、無量光仏に帰命するという意味であり、仏弟子がお互いに長生きをし、光明、智慧を身につけるよう祈る挨拶の言葉でもあります.なぜこのように念じるかといいますと、阿弥陀仏は、誰かが死に際、この六字を念じますと、蓮の花で極楽浄土へ迎えるという大願をかけしたからです.

薬師仏

薬師瑠璃光如来とも呼びます.東方浄瑠璃世界の教主です.その仏名は死生の病気を避け、三有の闇を照らします.左手に鉢、右手に丸薬をもった薬師仏は琉璃の如く相好が荘厳で、衆生が災厄を除き、寿命を延べ、善法を修習し、早めに菩提を証し、現世の安楽と究極の利益を得るように十二の大願を発したのです.


観音殿

観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の聖号の全称は「大慈大悲救苦救難観世音菩薩」ですが、過去正法明如来が娑婆世界に応化し、阿弥陀仏を補佐して衆生を済度するのです.経典によりますと、「若有無量百千万億衆生、受諸苦悩、聞是観世音菩薩、一心称名、観世音菩薩即時観其音声、皆得解脱」(もし無量千万億の衆生ありて諸の苦悩に受んに、この観世音菩薩を聞いて、一心に称名せば、即時にその音声を観じて、皆解脱することを得せしむ)とあります.観世音菩薩は各菩薩の中で一位であり、中国の仏教信者がもっとも崇奉する菩薩であり、信者が一番多く、影響が一番大きいものです.

地蔵殿

大願地蔵王菩薩は、衆生を済度する誓いをもって、安忍不動なること大地の如く、静慮深秘なること秘蔵の如しという語から名がつきました.地蔵王菩薩は仏教では親孝行の代表です.地蔵菩薩は因地で受難中の母を救うために、「地獄不空、誓不成仏、衆生度尽、方証菩提」(地獄を空かないと 成仏しない.衆生をすべて済度してから、菩提になる.)と、何度も大願を発して、多くの父母を離苦得楽させ、転凡入聖させました.『地蔵経』は、仏教の中の孝経と言え、地蔵菩薩は親孝行の化身です.地蔵菩薩はしばしば比丘の像で身を現わし、手持ちの法器は「明珠は天国へ行く道を照らし、金錫は地獄の門を開ける」ことを意味します.

老大殿遺跡﹙元大仏殿の遺跡﹚

ここは遼時代の寺院建築の遺跡です.この遺跡は後ろに神泉があり、西を背に東に向いています.清時代の乾隆年間、お寺と隣あった魏老爺殿を合わせて龍泉寺と総称し、金龍橋を中軸線とした、北を背に南に向いた新配置となっています.元のお寺は「西寺」と改名されました.2005年、僧団が入った後、「徳塵居」、「居士楼」、「見行堂」など続々と建てられていました.龍泉寺の新区も計画中です.

魏老爺塔

魏老爺は周囲の村民のために、よいことをたくさんしました.昼間は薬草を採集したり、患者を診察したりして、困った者を助け、危難に瀕した者を救いました.夜になると、山の洞穴で坐禅し気功を修練しました.善事をしましたが恩返しを求めず、施しをしましたが名前を残さないのです.村民は魏老爺への尊敬と懐かしい思いを表わすために、昔から、旧暦9月17日を「魏老爺の成道の日」として、ここで線香を供え参拝してきます.まわりのコノテガシワも感謝の心を表わすように、樹幹を塔の方向に向いています.樹皮は裂け目ができ、中身を外に現わし、魏老爺がこの地方のために心を尽くしたことを象徴しています.

魏老爺の石靴の伝説

霊塔の前には大きな石靴が一足あります.村民の話によりますと、先祖は魏老爺が山で薬草を採集し、けが人を助け、人の命を救う功徳を感謝するために、自分の手で作った布靴を霊塔の前に供えました.その後、不思議なことができました.しばらくして、その靴の底がすれて破れたのです.みんなは魏老爺がまた村民のために薬草の採集に行ったと思いました.すると、各村は積極的に資金を寄付して、石で丈夫で擦りきれない大きい石靴を彫刻しました.


継昇塔

継昇和尚は本院の初代住職です.話によりますと、継昇和尚が円寂(えんじゃく)する日、空に祥雲が行き渡り、多くの鳥がさえずり、僧衆は49日間経文を読んていました.この塔から3年間続いてあっさりした檀香の匂いが流れてきて、仏教の四衆弟子に大きく励ましを与えました.たくさんの、仏教を信じなかった人が三宝に帰依するようになりました.

塔を回ることは修行の方法でもあり、信心、依止心、集中力を培うことができます.身口意三門で丁重に心をこめて塔を三周りすることによって、福徳を積め、業障を浄化でき、さらに授記作仏(じゅきさぶつ)できます.

雄獅峰

龍泉寺の後ろの山に峰があり、それはまるで巨大な獅子が鳳凰嶺にうずくまるようです.目、鼻、口が獅子にとても似ており、姿が真に迫っています.

学誠住職について

1966年福建省仙遊県に生まれました.1982年定海長老のもとで剃度(ていど)し、圓拙(えんせつ)老法師(以後圓老と称す)について学んでいます.

1991年中国仏学院において修士学位を取得.2007年にはタイのチャラロンコン仏教大学より教育行政学名誉博士学位を授与され、2010年にバングラディシュのアティーシャ大師平和金賞を受けています.

現在、中国仏教協会会長、世界仏教徒連盟(WFB)副会長、中国仏教学院院長、福建省仏教協会会長、福建省莆田(ほでん)広化寺(こうかじ)、陝西省扶風法門寺(ふふうほ うもんじ)、北京龍泉寺の住職の7つの任務と、中国人民政治協商会議常務委員会委員、中国宗教界平和委員会(CCRP)副主席、北京師範大学宗教と人文高等研究院副院長、中国仏教協会機関誌『法音』の編集長などを担っています.

修学のあゆみ

学誠法師は、1966年8月福建省仙遊県に生まれました.幼少のとき に『玄奘大師伝』を読み、「如来の仏法を継承し、仏法の光を広く輝かせる」という 玄奘大師の願いと法を求めるために西へと向かう精神に深く感銘を受けました.このことがきっかけとなり、1982年2月に出家を決心した学誠法師は、莆田 広化寺に定海長老(現インドネシア大乗僧伽会会長)のもとで剃度し、圓老(前中国仏教協会諮問委員会主席、1997年 円寂)について修学を始めました.圓老は過去に弘一(こういち)大師や印光(いんかん)大師と近しく付きあいを深め、戒律を守り、念仏を唱えることで、誠 実且つ謙虚に学び続けました.圓老は、勤労、勤学、持戒(じかい)、中道について学誠法師を厳しく指導しました.その後学誠法師は1984年中国仏学院に 入学し、1988年 には修士課程に入り、主に法相唯識学の研究を行います.その間、学誠法師は持戒を厳しく続けながら、勉学に励み、毎日「大悲咒(だいひしゅう)」を百遍唱 えました.当時の中国仏教協会会長、兼中国仏学院院長の趙朴初(ちょうぼくしょ)居士から絶賛を受け、彼の目にとまることとなります.そして、1989年 莆田広化寺の推薦で、学誠法師は23歳にして、住職になっています.1995年に福建仏学院院長に選ばれました.

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年中行事

順番   項目   時間   行事
1   元旦精進共修法会   1月1日―1月3日   大乗経典読誦、帰依、普仏(吉祥を願う)、蒙山施食(万物精霊に供養と祈念)、八斎戒など
2   春節迎春祈福華厳法会   2月2日―2月8日   新春祈願の鐘、『華厳経』読誦、帰依、吉祥普仏(吉祥を願う)、蒙山施食(万物精霊に供養と祈念)、八斎戒など
3   観音菩薩降誕法華法会   3月22日―3月24日   『法華経』読誦、帰依、普仏(吉祥を願う)、蒙山施食(万物精霊に供養と祈念)、八斎戒、善行実践など
4   精進共修楞厳法会   5月1日ー5月3日   『楞厳経』読誦、帰依、山拝み、吉祥普仏(吉祥を願う)、蒙山施食(万物精霊に供養と祈念)、八斎戒、善行実践など
5   お釈迦様降誕灌仏会   5月10日(旧暦4月8日)   灌仏、『灌仏功徳経』読誦、 帰依、蒙山施食(万物精霊に供養と祈念)、八斎戒、善行実践など
6   観音菩薩成道法会   7月17日ー7月19日   『法華経』読誦、帰依、普仏(吉祥を願う)、蒙山施食(万物精霊に供養と祈念)、八斎戒、善行実践など
7   盂蘭盆法会   8月13日ー8月14日   『地蔵経』読誦、斎僧(僧侶に斎食を供養)、帰依、普仏(吉祥を願う)、蒙山施食(万物精霊に供養と祈念)、八斎戒、善行実践など
8   一精進共修法会   10月1日ー10月7日   七日間閉鎖する大乗経典読誦、住職開示、、帰依、普仏(吉祥を願う)、蒙山施食(万物精霊に供養と祈念)、八斎戒、灯をともす祈願、善行実践など
9   観音菩薩出家法会   10月15日ー10月16日(旧暦9月19日)   『法華経』読誦、帰依、普仏(吉祥を願う)、蒙山施食(万物精霊に供養と祈念)、八斎戒など

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