中日韓仏教友好交流歴史

作者:中国佛教网站

时间:2008-10-24

仏教は外部伝来の宗教で、中国の本土文化と融合し、中国での仏教は中国特色を持つ(漢語系仏教)漢語系仏教とチ ベット(語系仏教)密教からなっています.上述した二種仏教の総本山は中国にあり、また世界各国に伝わっています.現在世界各地で流行している仏教は使用 言語が異なっていても、宗派から見ると漢語系仏教、チベット語系仏教あるいはパーリ語系仏教に属しています.中国は漢語系仏教とチベット密教の発祥地とし て、世界仏教界で重要な役割を果たしています.中国は仏教の第二故郷と呼ばれてい.

紀元3世紀末、漢語系仏教が朝鮮半島に伝わり、秦王苻坚は高句麗国に仏像と経巻を贈りました.これは公式の外交行 事なので、これは仏教が朝鮮へ伝わる印と認められています.当時の朝鮮半島は三つの国―高句麗、百済、新羅からなっています.高句麗は中国の東北地方と境 を接し、仏教はまず高句麗に伝わり、また百済へ、100年あまりを経て、新羅へ伝わり、あの時の朝鮮半島はほぼ全体仏教の影響を受けていました.百済に伝 わった仏教は胡僧の摩羅難陀が持って行ったが、しかし、漢語系仏教に属し、使用した経典は鳩摩羅什が翻訳したものであります.  

漢語系仏教は約紀元6世紀の初めに日本に伝わり、これは司馬達等が大和国で草堂を結び、本尊を安置し帰依礼拝する ことを初めとします.現在多数の学者は仏教を日本へ伝える時期は紀元6世紀の前と考え、しかし、正史では紀元538年と公認されています.当時の百済国の 聖明王は日本の欽明天皇に釈迦如来の金銅像と経典、幡などを進貢したので、よって、漢語系仏教の伝播ルートは中国―朝鮮半島―日本列島であります.中日韓 三国は違う国、違う民族だが、同じ法脈を受け継ぎ、特殊な関係を持つようになりました.千年を渡り、中国と朝鮮半島、日本列島の仏教徒と頻繁に交流し、深 い友情を築きました.

中国と韓国は国交回復が遅いので、中韓仏教界の交流の始まりも遅くなったのです.1990年8月、中国仏教協会は 正式に韓国仏教宗団協議会徐義玄会長の訪中を招待し、これは中韓国交回復前の民間仏教界の交流であります.1990年10月、中国仏教協会の明揚副会長を 初めとする代表団は漢城で行った第十七回世界仏教徒連盟に参加し、韓国の仏教界に熱烈な歓迎をうけました.1992年に中韓国交回復後、両国仏教界の交流 は盛んになり、毎年何回も重要な交流を行うことになりました.

中国仏教界と日本仏教界の関係は第二次世界大戦で傷つけられたが、中国建国以来宗教界の交流が多くになり、 1974年「日中友好仏教協会」などのような友好組織を成立しました.1980年4月、日本の唐招提寺で祭られた、千年余り歴史を持つ中国唐代高僧鑑真彫 刻像が中国に持ち帰り、展示会を行いました.今回の民間活動が重要な意義を持ち、宗教活動の範囲を超え、両国の国交正常化にも積極的な要素として、重要な 役割を果たしました.日本仏教各宗派の総本山は中国にあり、中国仏教協会は日本仏教と深い関係を持っている山西玄中寺、天台山国清寺、西安香積寺などに投 資し、修繕しました.日本高僧は中国に留学し、仏教を学んだことのある寺院が保護され、中には、日本高僧記念堂を建てられた寺院もあります.例をあげる と、広東肇慶慶雲寺の栄叡記念碑、寧端天童寺の道禅師縁法霊蹟碑、国清寺天台祖師の顕彰碑、西安青龍寺恵果、空海記念堂、山西玄中寺大谷莹潤顕彰碑など.

20世紀90年代、中国仏教協会の趙朴初会長は初めて中国、韓国、日本三国仏教の「黄金の絆」という構想を提出しました.「黄金の絆」という比喩で三国仏教界の友好交流の関係を適切に表しています.

1993年に中国仏教協会の趙朴初会長は中国仏教協会代表団を率いて、日本仏教協会の主催で京都で行った中国仏教 協会成立四十周年記念活動に参加し、当時に韓国仏教界の指導者も在席したことを考慮し、趙朴初会長が中日韓三国仏教界の友好交流は長い歴史を持ち、「黄金 の絆」如くと挨拶しました.この比喩のおかげで、三国仏教界にさらに友好関係を築こうという考えを芽生えました.趙朴初会長は会議の開幕式に「地理的環境 では、われわれ三国は隣国であり、文化風俗では、われわれ同じ源に属し、宗教信仰では、われわれは同じ法脈を持っています.数多くの絆でわれわれを結びつ けて、切り離せられないのです.その多くの絆の中で、ある絆は最も長い歴史を持ち、いまでも輝いているのはわれわれの共同の信仰―仏教であります.それに 適切な名をつけると「黄金の絆」となります.歴史を振り返て見ると、仏教は中日韓三国国民の文化交流の中で大いに仲介役を果たしてきました.」と述べまし た.さらに、先生は当時の世界状況を踏まえ、次のように将来への希望も話しました.「三国仏教徒はこれから遠い昔から伝わってきた三国友好交流の伝統を継 承し、さらに高揚することを期待し、この黄金の絆で多くの国家と民族を結びさせ、アジアの繁栄と安定のために、人類の平和と幸福のために、努力を続け、成 果を挙げましょう.」

1995年5月22日、第一回中・韓・日三国友好交流会議は北京国際 会議中心で行いました.今回の会議は中・韓・日三国仏教界がお互い友好的に交流し、三国関係を深め、アジアと世界平和を維持するには重大の意義がありま す.会議は「北京宣言」を発表し、宣言には「会議は周知の半世紀前のあの戦争が中国、韓国人民に災難を与えたと回顧した」という内容を盛り込まれ、これは 日本が中国、韓国に対する侵略戦争について述べたものでります.三国仏教界はその共同認識の下で、仏教徒は警戒を高め、公理性を守り、正義を広めることに よって、歴史の悲劇を繰り返さないようと指摘しました.会議は中日韓三国仏教交流大会は今後三国で交替で行い、毎年一回と定めました.1996年に韓国で 第二回大会が開かれ、会議は「漢城宣言」を発表しました.1997年に日本で行われた第三回大会で、「京都宣言」を発表しました.今度の両会議は人類に共 に直面している戦争、環境保護、人心浄化、道徳、教育などの諸問題を主題として取り上げました.三国仏教界は世界平和を祈祷し、仏教の慈悲精神を表しまし た.毎回の大会で何千人も参加し、規模が大きく、国際社会で大きな反響を及ぼしました.中日韓三国指導者も三国仏教界の「黄金の絆」の活動は重大な意義と 大きな影響力を持っていると高く評価しました.1995年、当時の中国国家出席である江沢民氏が三国仏教界の指導者と面会し、李鵬総理(当時)がお祝いの メッセージを送りました.韓国会議の時、韓国の李寿成総理(当時)が三国仏教界の人士と会見しました.京都会議の時、日本の竹下登首相(当時)が開幕式に 出席し、お祝いの挨拶をしました.

中•韓の仏教の友好交流

作者: 中国佛教网站 时间: 2008-10-06

紀元4世紀の末期、中国の仏教は朝鮮に伝わりました.7世紀の半ば、新羅が朝鮮半島を統一した後、たくさんの新羅の僧侶達は仏法を求めるために唐に入りました.次第に、中国の仏教の華厳宗、法相宗、浄土宗などの宗派は新羅に伝わり、社会各階層の間に盛んになりました.

朝鮮との友好交流

50年代に起きた朝鮮戦争を原因に、朝鮮半島は朝鮮と韓国に分裂したため、中国と朝鮮半島の仏教交流も中•朝と中•韓という二つの部分に分かれました.

中•朝の仏教交流は次の通りになります.「抗美援朝運動」(米国を抵抗し、朝鮮を応援する)の中、中国仏教界は「抗美援朝グループ」を創設して、積極的に朝鮮を応援していました.1951年6月、北京仏教界は朝鮮人民代表団を受け入れました.1963年10月、「アジア11の国と地域の仏教徒会議」は北京で開かれ、朝鮮仏教徒連盟中央委員会委員長の安淑用法師は出席しました.1983年3月、朝鮮仏教徒連盟中央委員会委員会は「世界あらゆる仏教組織への手紙」を送り、それに対し、中国仏教協会は戦争を反対、祖国の平和統一を獲得するための正義闘争を支持すると返信しました.1983年1月、朴泰浩委員長を団長とする朝鮮仏教徒連盟代表団は招聘を応じて中国を訪問しました.同じ年の9月、趙朴初会長は朝鮮を友好訪問を果たし、これは建国以来中国の仏教界の指導者が始めて朝鮮を訪れました.1986年、世界仏教徒連誼会の第5回大会がネパールのカトマンズで開かれた際、中国仏教界は大開の本部と主催国に手紙を出して、朝鮮仏教徒連盟の代表の当該代会に参加することを支持すると表しました.1991年夏、周紹良副会長を団長とする中国仏教協会友好訪朝団は朝鮮を訪れ、朝鮮の仏教界の暖かい歓迎を受けました.2002年11月朝鮮仏教徒連盟中央委員会の代表団は中国を友好訪問しました.

韓国との仏教交流

1990年8月、中国仏教協会は正式に韓国仏教宗団協議会の徐義玄会長に中国を訪問するよう招聘を出しました.これは、中韓両国の国交正常化前の両国の仏教界の重要な出来事でした.翌年の1月、徐義玄会長の中国訪問が実現され、成功を収めました.1990年10月、世界仏教徒連誼会第17回の会議は韓国のソウルで開かれ、明暘副会長が率いた中国仏教代表団は出席し、韓国の仏教界の特別な気配りを承りました.1992年8月中国と韓国は正式的に国交関係を結び、以来両国仏教界の交流は日増しに頻繁に行われました.同年の9月、趙朴初会長は韓国を訪れ、韓国の仏教界と社会各界の暖かい歓迎を受けました.それに、ソウル青瓦台の大統領官邸で卢泰愚韓国元大統領と会談も行いました.東国大学は趙朴初会長に名誉博士号を授与しました.また、趙朴初会長が韓国訪問中、東北アジア仏教指導者平和会議にも出席し、この会議は中国仏教協会と韓国仏教宗団協議会の提唱により、東北アジア地域の中国、韓国、日本、ロシア、モンゴルなど五つの国が参加し、南アジア地域のスリランカ、ビルマの仏教界の指導者も随喜で参加した地域間国際仏教会議でありました.

1993年6月、畑雲徳長老を団長とする韓国天台宗代表団は中国を訪問し、天台山国清寺大殿の仏像の開眼法要および住職の晋山式に出席、天台山国清寺にて韓国仏教天台記念堂を建設することに合意しました.

1997年6月、韓国仏教宗団協議会の会長の宋月珠長老の引率で、曹渓宗、太古宗、天台宗、真覚宗、観音宗、法華宗、総持宗、普門宗、元暁宗、念仏宗、大乗宗、曹洞宗の12の宗派の総務院長を団員とする代表団は中国を訪問し、中国仏教協会、各地の仏教界の暖かい接待を受けました.

1998年9月、聖輝副会長の引率で、中国仏教代表団は韓国を友好訪問しました.

2001年10月、総務院長の徐正大長老を始めとする韓国曹渓宗代表団は中国を訪問し、中国の国務院副総理李嵐清先生および全国政治協商会議副主席、中央統一戦線部長の王兆国先生と会見しました.

2002年4月、中国仏教協会の招きに応じ、韓国仏教真覚宗統理院長孝庵法師を団長とする代表団は中国を訪問しました.

1993年に趙朴初会長が中、韓、日三国仏教の「黄金の絆」という構想を提唱して以来、中国仏教協会および各地仏教界は韓国の仏教各宗派とたゆまぬ交流し、友好をますます深化させました.最初の人員交流、相互訪問など一般的な交流から、徐々に協力し合い、ともに実質的な交流を行うようになりました.

 

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