学誠法師 フランスパリの国際連合教育科学文化機関本部で開かれた国際平和会議における挨拶


共に人類の未来の新しい文明を作り上げます ——フランスパリの国際連合教育科学文化機関本部で開かれた国際平和会議における挨拶
(2017年9月26日)
中国仏教協会会長 学誠

尊敬なる国連教育科学文化機関事務局長イリナ・ボコヴァ女史,

尊敬なる国連教育科学文化機関執行委員会ミカエル・ヴォルムス議長様,

尊敬なる世界仏教徒連盟書記長Phallop Thaiarry(帕洛普•泰阿利)先生代表者各位、友人各位:

皆様 お早うございます!

まず、世界仏教徒連盟と国連教育科学文化機関2017年国際平和会議組織委員会が私及び中国仏教協会をこの大会にお招きいただきまして深く感謝申し上げます。2000年に国連が《国連ミレニアム宣言》により千年の発展目標を公布してから、各方面の力を集中して全世界に6億を上回る人々を貧困から抜け出させました。各国の政府は公民の発展問題に対する関心度を高め、人類が共に発展することを目標にした議事日程を支持し、実行しています。その規模は空前であり、成績も優れています。中国の国家主席習近平先生は2014年3月27日に「中仏の国交樹立50周年の紀念大会」にて「中国の夢を実現するためには、私達は“2つの百年”という奮闘目標を確立した。それは、2020年までに国内総生産が都市と農村の住民の1人当たりの平均収入は2010年に比べて倍増するのを実現して、全面的に小康社会を作り上げることと、今世紀中葉までに富強で、民主的で、文明的で、そして調和がとれている社会主義現代化国家を作り上げて、中華民族の偉大な復興を実現することである。」と言われました。私達は、中国の夢を実現するためには、必ず全面的に改革を深めなければなりません。いっそう思想を解放し、社会の生産力を解放し、発展させ、社会の活力を解放し、そして強くしなければならないことを見定めました。

現在、全世界の地域間、地区間の経済社会の発展のアンバランス、そして経済危機の影響は依然として経済発展の過程を妨げていて、飢餓問題、ジェンダー問題、医療水準の向上問題、基礎教育保証問題などの問題は早急な解決が必要とされています。

ミレニアム開発目標に引き続きまして、2015年9月25日に、国連は「私たちの世界を転換する:持続可能な開発のための2030年アジェンダ」を発表しまして今後15年間で社会、経済と環境の三つの次元の発展問題を解決するのに力を尽くしまして誰も置き去りにしないことを保証することを提唱しました。今、国連のミレニアム開発目標が過去を受けて未来を開く肝心な時期にあります。WFBは国連経済社会理事会のコンサルティング機関として、人類が持続可能な発展という共通の目標を実現するために、仏教信徒を含む世界の各国各地そして各階層の人々の共通の関心と支持を必要としています。

この時、私は一名の仏教徒として、かつてない責任を深く感じ、絶えず考えさせられています。いかにしてこの平和発展と相互協力とがウィンウィンとなる時代に立脚点を置くのか?いかにして仏陀の慈悲心、知恵、かつ中道の精神をもっと良く受け継いで発揚して人類社会が更に公平になり、公正になり、平等になり、包容的になりそして持続可能な発展をするために利益と啓発を与えるのかと考えます。

仏教の発展の歴史を顧みますと、そこに古今東西の代々の高僧方々のたゆまぬ努力が伴っています。彼らは仏陀の慈悲の精神を発揚し、世界の多極化の発展に順応して文化の多元化の交流を促進し、異なる地区と人種の間の恨みを解消し、争いや戦争の中止などの方面にたゆまぬ努力をしてきました。北米の西の海岸でも、北太平洋でも、東アジアの中国、韓国と日本でも、ロシアでも、モンゴルでも、そして南アジアでも、東南アジアのミャンマー、タイ、ラオスでも、スリランカでも、また「一帯一路」の沿線国でも、仏教はすべて平和の使者としてつなぎ役を務めてきました、そして今もその役目を果たしています。

語源から見ますと、中国語の「平和」という言葉は、「戦争がない」、または「敵視する行為がない」という意味であり、「調和がとれていて安定的」の代名詞であります。これがあってこそ生活が初めて美しくなります。平和は人類の共通の理想であります。英語の 「Peace」という言葉は、ラテン語の「 Pes」に由来しています。インド語では「静か」で、中国語の仏教辞書では「寂静」と翻訳され、心の中が「穏やかで清らかに澄んでいる様態」を指します。これは仏教の最高境界ーー涅槃であります。『維摩経』の「法は常に寂然たり、諸相を滅するが故に」との教えのようで、また『円覚経』の「円覚普照し寂滅不二」との教えのようでもあります。私達は、地域の平和を維持する活動、全世界の平穏な発展を促進することは、仏陀が衆生に対する最大の御慈悲と希望であることをよく存じております。

持続可能な発展の問題の解決するキーとなるのは、経済、社会及び環境といった三者間の関係をうまく取り扱うことであります。どれか片方から着手してもバランスや調和が取れにくくなります。仏教は今までずっと「あなたの中には私がいり、私の中にはあなたがいる」という観念を持っていまして社会の持続可能な発展に新しいアイディアをもたらすことを期します。仏陀から見れば、人類の様々な行動はまるでひとつの透明な菴摩羅の中に含まれているように、互いは相違を持ちながらもお互いは観待関係にいて利益の損得に関わりながらまじり合っています。人類の生命活動から宇宙全体まで「自性」のない「縁起」であります。

一、失った人類の大同世界

平和は人類の永久の夢であります。二千年以上前に、中国人の理想的で平和な世界というのは、「大同」世界であります:「大道の行はるるや、天下を公と為し、賢を選び能に与し、信を講じ睦を修む。故に人は独り其の親を親とせず、独り其の子を子とせず、老は終はる所有り、壮は用いる所有り、幼は長ずる所有り、矜寡・孤独・廃疾の者をして、皆な養ふ所有らしむ。男は分有り、女は帰有り。貨は其の地に棄てんことを悪むも、必ずしも己に蔵さず、力は其の身に出でざることを悪むも、必ずしも己の為にせず。是の故に謀は閉ぢて興らず、盗窃乱賊は作らず。故に外戸を閉ぢず、是れを大同と謂ふ。」

二千年後の今、国連の策定した《持続可能な発展アジェンダ》では、現代人の平和発展ビジョンを出しました。「人類を貧困と欠乏から抜け出し、地球の創傷を治愈する」、「恐怖や暴力のない、平和で、公正でそして包摂的な社会を作る」、そして「誰も置き去りにしない」ことを保証するといった素晴らしい未来像により、私達は古代の大同世界らしいアウトラインを見えたようであります。

しかし、現実世界では、人類は今までない危機にさらされています。環境の汚染、生態バランスの失い、伝染病の流行、エネルギーの欠乏、金融の危機、貧富の二極化、信条の遺失、道徳の喪失、宗教衝突、人種の殺戮、テロリズム、戦争の砲煙、そして核兵器の影響などなど……人類の歴史では、我々は初めてこれだけたくさんの人類の運命に関わるグローバル問題と苦境に直面します。

現実と理想との間の巨大な落差は、私達に思わず、人類はどのようにかつて実現しそうな大同世界を失ったのかと問い詰めさせられます。

大同は、差別のない同様ではありません。等級が明らかで固化された世界の秩序でもありません。大同はすべての相違性を「大道」に融合した「和而不同(和して同ぜず)」のことであります。たくさんの河が海に入るのように、また多くの星が月のまわりに集まるようであります。「道」に対する理解は、古人、現代人、東方人、西洋人、それぞれ各自の角度と方法がありますが、その真理の指向性が共通であります。人類の歴史では、大同の世界に向かった一歩一歩の邁進は、すべて真理の世界への近づきであります。これは、大同の世界の失いは人類が真理の世界から滑落したことを意味しています。

真理の世界はずっと人の生命と心のなかに秘められています。人類の平凡な生活は真理の世界につながる通路であります。生命で真理の存在を検証しそして真理で生命の価値を照り映すことは、人類の生命の核心的な意味であり、究極の目標であります。儒家の経典《中庸》では「天の命ずるこれを性と謂う。 性に率うこれを道と謂う。道を脩むるこれを教と謂う。道なる者は、須臾も離るべからざるなり、離るべきは道に非ざるなり」といいます。プラトンは《ティマイオス》の中で「私達の内なる神性の本原と自然と同源する運動は、宇宙の思想と旋回であります。すべての人はそれらに従って宇宙の諧調と旋回を理解し、私達の生まれながら損害された進行方向を是正するべきであり、思うものと思われるものが相応するようにさせ、その原始の本性を更新してから諸神が人類のために手配された最も良い生活を実現することができます。今でも将来でも」と書いてあります。仏教はまた更に「内明」の学があり、内心の悟りによって宇宙や人生の真相は「縁起で無自性」であることを認識させ、自分と衆生を助け、生命の苦痛と不自由から徹底的に解脱させて、生命の円満、自在と真の平和――涅槃の境地に達するのを獲得させます。

宗教や哲学、そして科学も道徳と信仰と深く統合して一体となっています。例えば紀元6世紀の新プラトン主義者は、物理学の価値は、医学と力学などの技術に原理を提供しただけにあるのではなく、その上「魂のわりと高い部分つまり理知を円満に導くのに役立ち、一種の道徳的な補助であり、神と理念に関する認識に通じる階段であります。最後に、私達に神に対する敬虔と感謝の心を引き起こさせます」。それらを貫いて一致させるのは、内なる徳性を高める、真理の世界を悟る共同の目標であります。この究極の目標は人類の大同世界の模型を作り上げ、そして、異なる民族、異なる文化、異なる宗教信仰の人々を感化して各自の内省、内明で真理を悟させて生命と世界といった二重の「大同」の円満と平和に向かわせます。

二、二元の対立を超えた超越世界と俗世界

大同の理想的なモデルの照り映しのもとで、人類は心身とも調和がとれ、東西文化も相通じるものであり、人類文化の全体はすべて内心の悟りと生命の完善に建立しているしそれに指しています。決して外在的な知識の蓄積や技術の更新、経済の成長または物質的な幸福などではありません。近代以来、真理、道徳、霊性と価値観の面では、徐々に現実世界から離れてしまいました。科学は道徳に対する関心と価値観に対する考慮を捨てました。物質の改善は精神を完善することを放逐しました。人類の心身に分裂が現れ、東洋も西洋もいわゆる「文明衝突」に陥りました(衝突する主体は、実は、東西文化自身ではなく、現代性が伝統の価値観との衝突であります。ですので、本質的には文明の衝突問題ではなく、現代性がもたらした世界危機であります)——現実世界はこれによって現れています。

今、世界に現れている危機は、主体と客体との二元が対立する西洋文化の原型に起源します。神の客観実在性と人の主体性との間で引っ張り合う張力になっていて、神性と人間性、超越世界と俗世界は高下くっきり分けていて、同じ軌道には乗りにくいですので、真理世界への帰依は、往々にして人間性を抑制すること、自我を棄てることまで伴っています。これは中世紀の暗闇の中で極端まで推し進められました。ルネッサンス、宗教改革と啓蒙運動が神の権威的な統治を打ち破ったことによって人の主体性はそれまでにない歴史的に高い水準に上がりました。人間性、人権、理性の高揚、そして人の価値は、神あるいは真理世界に対する認識を通じて表現することはもうありません。ただ人間自身の各種の創造性の有る活動や個人意志の実現だけで明らかに示します。人々は中世紀の自我抑制から一転して自我放任になり、自我放棄から一転して自我膨張になってしまい、物質主義、個人主義、人間中心主義、人種中心主義、文化覇権主義を派生したことにより、平和でない要素が世界的に急増しました。

一回一回の科学技術の革命の助長で、人の創造力は更に冪演算の速度で逓増しています。人は、自身がもっている知識、能力と財産に対する関心は、すでにはるかに内心の道徳的水準や悟りの度合いに対する関心を超えています。第四回の産業革命の到来に従って人工知能、ビッグデータ、生物技術などの新しい科学技術は更に人類全体の生産、生活様式それに価値観に対して「転覆的」な影響を与え、世界の不平等はまた更に拡大されるでしょう。超越するディメンションを失ってしまった技術のアップグレードは、盲目的に人類を最終目標のない発展に導いてしまいました。人は、技術創造と世界をコントロールする「スーパー自信」を体験する同時に、精神の空虚感と無意味感とを感じます。

この公認されている「世俗主義の時代」に、人類の持続可能な発展と持続可能な世界平和はおそらく以下のような重要な部分によって決められるでしょう:超越世界を再び俗世界に溶け込ませ、或いは俗世界の中で新しい超越世界を孕ませ、超越世界と俗世界との二元の対立を古いモデルから抜け出させて全く新しい、一体化した時代に向かわせます。それに、人間の主体性を内在的な悟り、内在的な超越に導きます。外部の世界に対して絶え間なく利用し、征服し、制御することではありません。

三、「調和で中道」の持続可能な平和の世界

人類の全体の世界を再び構築し、人の内在なる超越を実現する面では、仏教の中道の思想と仏性の思想は知恵と啓発を提供することができます。

中道は、縁起無自性の真理の特質に関する説明であります。仏教は、大きく言えば宇宙のことも、小さく言えば個人一人ひとりの生命の活動も、すべて自性のない縁起によって組み合わせたものであります。つまり「空性」の本質があります。このような縁起無自性の本質は真理(実相)に「中道」の特徴を現させます。つまり竜樹菩薩の説かれた「八不中道」のことであります:「不生・不滅、不常・不断、不一・不異、不来・不出」。道の実相は、いかなる生、滅、常、斷、一、に等しくありません。しかし同時に縁起を構成する各種の現象の中に寄居します。これは、「中道」は万法の「無自性空」と「縁起の有」に対して同時にとらえ、真理の世界と現象の世界、超越世界と俗世界は一体の両側であり、同時に存在し、分割してはならないことを意味しています。

仏性は私達が悟って成仏する内在的で潜在のエネルギーであり、まるで心の明るいともし火のようで、そして生命の秘蔵の宝物ようなものであります。「中道実相」は、外在的には縁起で無自性の世界に表していまして、内在的にはすべての相違が解けて統合し、すべての対立を超越した「中道の仏性」に現れています。欲求ではなく、「中道の仏性」を出発点にすれば、人類は精神世界と物質世界を御する十分な知恵を有することができます。「物欲で心に労役をさせ」、心を物質の奴隷にならせることもなく、また「心で物を抑え」、人間を精神的な教条の犠牲にならせることもありません。

中道の知恵は人類を助けて超越世界と俗世界を統合させ、仏性と人間性を融合して摂取することや、生命の究極性と目前性を統一すること、新しい文明的なモデルを開くこと、持続可能な世界平和を構築するために堅い文化的な基礎を打ち立てることなどができます。

(一)超越世界と俗世界との円融

超越世界と俗世界との対立や分裂は、仏教からしますと、つまり真諦と俗諦の二元の対立のことであります。対立するモデルが変わらないかぎり、世界はどちら(超越または俗世界)に偏っても、人類に新たな苦痛と不自由をもたらします。

中道の世界は真諦と俗諦が円融で不二の世界であります。《中論》ではこう言われます:「諸仏は二諦に依りて、衆生の為に法を説きたもう、一には世俗諦を以って、二には第一義諦なり。若し俗諦に依らずんば、第一義を得ず」、俗世間の道理は、即ち俗諦であり、第一義諦は、即ち真諦であります。つまり、神聖で超越的な真理の世界は、まさに俗世界を拠り所にして創立するものであります。竜樹菩薩はまたこういわれています:「衆因縁生法・我説即是無・亦為是仮名・亦是中道義(およそ縁起しているもの、それを、われわれは空であると説く。それは、相待の仮説(縁って想定されたもの)であり、それはすなわち、中道である)」。空、仮、中の三諦によって縁起の世界を体現すること自体は「中道の実相」のはっきりした現れであります。

中国で、漢伝仏教は、「中道」の教義にもっと深くて広い円融の性質ともっと強い内在的で超越的な精神を与えました。天台宗は「一心三観」「三諦円融」を打ち出し、世界の世俗性と超越性を何の矛盾もなく一人一人の認識主体の心の中で統合することができます。華厳宗は「理事無碍法界」を構築して更に広大な視覚から真理世界と現実世界を隔たりのない、堺のない統一とした全体として見ています。禅宗は「即心即仏」を提起し、これは、真理世界はもとより人々の心の中に秘められていて、真理に対する認証が全く内在的な悟りに決められることを意味しています。

この「真俗不二」の真理観と世界観は、人類の超越したモデルを、社会を棄てるのではなく社会に入るという方向に導き、内在的に超越であって外在的に救うのではありません。神聖世界と俗世界に対する「二重の救助」であると言えましょう。

(二)仏性と人間性との融合摂受、究極性と目前性との統一

近現代の西洋文化は人々に力に対する覚醒をさせ、人間の主体性を樹立させましたが、生命の超越するディメンションを失ったため、結果的に人間の力に対するコントロール能力を失い、自我意識の膨張を招いてしまいました。いわゆる現代性危機と世界的な不平和の現象の根源は全部ここにあります。仏教ならば、生命の究極性と目前性とを融合して一体にすることができます、充分な自信と徹底的な「無我」とを融合して一体にすることができます、神聖なる仏性と極普通の人間性とを融合して一体にすることができます。真理に対する認知と体認を人の内在的な生活、日常生活にならせます――即心即仏、現実にいながら成仏します。

《成唯識論》では「信」についてこのように解釈しています:「云何為信?於実徳能、深忍楽欲」。即ち仏教の信仰は以下の三つの意味が含まれています:1、仏陀の御説法は真理であることを信じること。2、仏陀と三宝の功徳が真実不虚であることを信じること。3、自分が真理を悟る能力を持っていて仏陀と同じ功徳を獲得できることを信じること。仏教の信徒の自信は自分自身のことを信じるのではなく、自分が成仏できることを信じるのであります。つまり、生命の究極的で円満な覚りに達することであります。この自信は仏性に対する深い理解と認可の上に成り立つものでありますが、これはまさしく一見平凡な人間性のなかに秘められています。

中国天台宗の智者大師は「一切の法は悉く心中より出ることを知り、心即ち大乗であり、心即ち仏性である」と言われます。禅宗の六祖慧能大師は「菩提の自性は本来清浄なり。ただこの心を用いて直に成仏を了ぜよ」といわれ、またこうも言われます:「悟らざれば即ち仏は是れ衆生なり、一念悟る時は衆生も是れ仏なり。故に知る、万法は尽く自心に在ることを。何ぞ自心の中より、頓に真如の本性を見ざる。」。漢伝仏教は「仏性」、「菩提自性」、「真如本性」等の究極的な真理の説明を全部人々の一念の眞心の中に訴えます。未来成佛の可能性を当下成佛の必然性に着実にしまして真理の客観性を内面化して生命の主体性にします。禅宗はかつてなく超越世界と俗世界とを、神聖なる対象と凡人自身とを緊密に一体にしました。これで究極的な追求は平凡な日常生活を貫くことができ、人類の自己救助の希望はここまで真実に迫ることはありません。

四、新しい文明・新しい世界・新しい平和

現代世界は資本、物質と技術の狭間に挟まれながら猛スピードで回転していますが、この一見して繁栄で発達している人類の文明は実際のところすでに抜け穴だらけになっていて危機が数多く存在しています。世界平和は日に日に拡大されている世界の不平等のなかでその前途に憂いが多いと思われます。東洋と西洋の有識者はみんな期せずして同時に東方世界に対する遡求とその古い知恵に対する探求とを始めました。

仏教の知恵と思想は、私達が現代文明に対する反省そして人類が新しい文明を再構築するのに一本新たな道を開いてくれました。未来の新しい文明は、心身が一致で、人間と自然が調和的で、物質と精神が統一的で、東方と西方が融通で全体性のある文明であるべき、未来の新しい文明は、全ての発展と進歩が人類の生命の円満と完善に帰し、究竟解脱で究極な文明であるべき、未来の新しい文明は、人類の精神的な幸福と心の覚りを核心価値の方向誘導にする「心の文明」であるべき、未来の新しい文明は、時空が無限で、衆生が一体で、自他が平等で、依報と正報が不二である開放性を有する文明、包容性を有する文明、平等性を有する文明、グリーンの文明であるべきであります。

新しい文明を作ってこそ初めて新しい世界を作れます。新しい世界しかすべての生命に全面で、平等で、健康で、持続可能な発展である人類の新しい平和を誕生させることができません。

皆様ご静聴ありがとうございました。

趙朴初居士の誕生110周年 及び中国仏教文化研究所の創立30周年の学術シンポジウムの開幕式における演説

指導者の皆様、専門家と学者の皆様、法師の皆様:

今年は我が国の有名な愛国の宗教指導者、中国仏教協会前会長趙朴初居士110周年の誕生記念日であり、また趙朴初師が自ら主導して創建された中国仏教文化研究所の創立30周年の記念日でもあります。この重要な記念日に、私達はおごそかで立派な霊山の景勝の地で、霊山大仏の慈悲深く優しい光に照らされているなかで、学術シンポジウムを盛大に執り行います。趙朴初師の輝かしい一生を追想し、趙朴初師の広大で深い思想を研究し、趙朴初師が私達に残してくださった貴重な精神的な財産を受け継ぐことは、新しい時代に“人間界仏教”という思想の発揚に、時代の特色のある仏教文化の建設に、そして仏教事業の健康的な発展を推進に非常に重要な意味があります。私が謹んで中国仏教協会を代表しましてこのシンポジウムに出席される指導者の皆様に、専門家と学者の皆様に、法師の皆様に真心を込めてご挨拶を申し上げます。

趙朴初師は忠実な愛国主義者で、傑出した社会活動家、中国共産党の親密な友人であります。彼は生涯、祖国のために、人民のために忠誠を尽くして、中国共産党と肝胆相照らし、栄辱を共にして、個人の事業を仏教の前途と祖国の運命及び民族の盛衰とをしっかりと関連させて、多くの仏教徒と一団となって信者大衆を率いて国を愛し仏教を愛して、国家の尊厳を守って、外来の侵略に抵抗して、祖国の統一を守って、民族団結を増進して、世界平和を促進してきました。特に改革開放の後に、彼は、年は取っても意気盛んで誠実な心で、党の宗教信仰自由という政策の全面的に徹底的に実行するために、新時期に我が国の宗教理論や政策を研究して制定するために、宗教活動を健康的な展開を行うために、宗教界の合法的な権益を守るために、宗教の法治の建設を推進するために、社会主義現代化建設と国家の安定した繁栄のために、積極的に献策し、正しく明快な見解を提案して、党と政府から高度の重視と意見の受け入れを得ました。

趙朴初師は国内外の広大な仏教徒から深く尊敬され敬愛される仏教の指導者であります。彼は大学時代から仏教学に接触し始めました。後に円瑛法師に帰依して、太虚大師から教えをうけて、仏教の慈悲で世を救う精神を受け継いで、民族の危急存亡の秋に、献身的に慈善事業と抗日救国運動に没頭していました。新中国が創立した後に、趙朴初師は中国仏教協会の発起と準備に参与して、そして長期にわたって主要な指導者についていまして、解放後の中国の仏教の人脈作りに、伝統の継承に、桎梏からの脱出に、新生力の煥発に智慧と力に貢献しました。“文化大革命”が終わった後に、趙朴初師は70歳の年で毅然として全国の仏教徒を率いて仏教の事業を振興する歴史的な重任を担ぎました。彼は仏法を守り仏教を振興するという使命感で、一刻も争う緊迫感で、仏法のために我が身を忘れる勇猛な精神力で駆け回って呼びかけ、上下を調和し、計画して監督指導し、力を入れて推進し、人間菩薩とし、仏法金湯や名山の古刹の復活のために、仏教の脈拍を盛り返しました。趙朴初師の引率のもとで古い中国仏教は改革開放の春風の中で活気にあふれるようになりました。

彼は“仏教は文化である”、“伝統文化の一部である”と強調して言われていました。仏教文化の特性、伝統の淵源と世界への影響を明らかに示して、仏教は宗教を超越している精神文化の価値と積極的な社会的な効果を際立たせて、“極左”の思潮の影響で人々が宗教に対する型通りな偏見と硬化した知見を打ち破って、仏教の回復と振興のため、社会に溶け込むため、積極的な役割を果たして、支持を獲得しました、舞台を切り開きました、空間を広く開拓しました。人々に全面的に宗教を認識してもらうために知恵の満ちた貴重な啓発を提供されました。

彼は“人間界仏教”の思想を提唱し、仏教徒に五戒・十善戒を遂行して自分を浄化するように呼びかけて、広く四摂法と六度を修め大衆に利益を与えて、意識的に人間界の浄土を実現することを自分の務めにして、社会主義現代化建設という“国土を荘厳し、有情を利楽する”との崇高な事業のために自分の全てを貢献して、新しい歴史的条件の下での仏教事業の発展のために、仏教が社会主義社会に適応するための方向を明示されました。

彼は変わりつつある因縁によって、直ちに仏教事業の発展の重点を調整して、仏教自身の建設理論を出して、回復と再建で一定の効果を得た後に、仏教事業の発展方向という重大な問題を明確に回答し、仏教事業が発展する新しい航程を開かれました。人材が一時的に欠乏する歴史の転換期に、彼は特に仏教教育と仏教を伝承する人材の育成を重視し、慈母のように大勢の弟子を加護して、誠心誠意に育み育てて、大胆に後輩の僧侶人材を任用して、大量の青年の僧侶に重要なポジションに就かせたり、あるいは学術の研究領域に深く入り込ませたりして、中国仏教のためにフレッシュな活力を補充しました。仏教事業の更なる広大な未来のために深い基礎を作り上げました。

趙朴老先生の数十年の理論、思考、政策主張と実践努力は大勢の人に党の宗教信仰自由の政策に対して更に全面的に、正確に深く理解させ、把握させました。仏教に利益をもたらせただけではなくて、その上他の宗教にも恩恵を受けさせ、他宗教の人から敬服と賛嘆をもらいました。

趙朴老先生は中国人民の友好の使者であり、世界平和の防衛者と積極的な構築者であります。彼は仏教の慈悲で平和な教義を固持して、中国仏教の国際友好交流の優良な伝統を発揚して、労を惜しまず、全力を尽くして、仏教界を率いて積極的に対外の友好交流を展開し、世界の平和運動に参加して、国内外の仏教徒と人民の間で心の通じ合う一基一基の友情の橋を作ってこられました。朴老先生の知恵のある調停と持続的な努力のもとで、中日の国交は正常化に向かっただけではなくて、その上両国の仏教界はまた民間の友好的往来の新しい一章をつづりました。中韓日の三国の友好交流の会議で“黄金のきずな”を締結したのも、正に朴老先生の積極的な推進と自らの取り込みのおかげであります。中国の仏教界とインド、ミャンマー、タイ、スリランカなどの南アジアと東南アジア諸国の仏教界は伝統の仏法の意味での友情、善隣のよしみを深めました。“人間界浄土は得難いものならず、未来永劫の平和を得るためである。”朴老先生は一人の本当の仏陀の弟子としての大慈大悲の宗教の心情を十分に世間の人々の目の前で現し、国内外の友好のため、世界の平和と安寧を維持するため、消し去ることのできない貢献をされ、国際社会と世界各国の宗教界の人々の高い称賛を勝ち取りました。

趙朴老先生は一人の敦厚で温和な、英知に富んで博学な老先生でもあります。彼は幼い頃から家学を受けて、古典の文献を広く読みあさって、まめに文学、歴史と哲学を研究して、伝統文化の薫陶を深く受けられ、国内外の有名な作家、詩人、書家に非常に人気があります。その詩と詞の文才、すがすがしい翰墨の香りには、すべて中華文化と伝統芸術の輝きがきらめいています。彼は文を以て友を会し、詩を以て所感を述べ、文を以て縁を結ぶだけではなく、その上中国の優秀な伝統の文化の発展と伝承にも非常に関心を持っています。文化界を代表する人々と共同で青少年に対する伝統文化の教育を推進することを呼びかけ、中華の優秀な伝統文化の伝承と発揚に尽力されました。

趙朴老先生の一生の事績と功徳を振り返りますと、人に感服、深く考え、また人を奮い立ちをさせます。彼は中華民族の愛国者の手本たるに恥じない、国を愛する、傑出する宗教指導者たるに恥じない、中国の仏教の誉れたるに恥じない!

学生時代から、私が幸運にも趙朴老先生に親しくしていただく機会がありまして、朴老先生から教戒を拝聴して、朴老先生からいろいろとお世話になりました。本日に至って、朴老先生の文章を拝読するたびに、朴老先生のお人柄を思い出して、新しい心得、新しい感動、新しい収穫を得まして、更に新しい力がわきまして、勇猛な精進と、先賢を忘れないように促してくれます。趙朴老先生は永劫不滅、法身常在と言えます!

“生きることはもとより嬉しく、死ぬことも遺憾には思えん;花が落ちてもまた開くし、水が絶え間なく流れるものたり;私などどこにあるのか、誰が安息に入るのか?明月よ清風よ、苦労して探せずでよい。”趙朴老先生が生死に対しては平然としていました、その願行無盡、無我利他の高遠な精神の境界は、永遠に私達仏教の四衆弟子を激励して、国家のため、仏教のため、衆生のため、勇猛に精進し、止まらずに奮闘します。

中国の特色のある社会主義の新時代に、趙朴老先生を紀念して、朴老先生が私達に残してくださった貴重な精神的な財産を受け継ぐには、老先生の愛国、愛教、慈悲度生の素晴らしい品格、心の中で常に衆生を思い聖教を振興するという広大な願行、仏法宏陽のために体を忘れ、献身的に力を尽くす貢献精神、老当益壮、迷わずに重任を引き受ける精神、勇猛な精進、止まらずに奮闘する進取精神、自分を厳格に律する一方、人には優しく接する崇高な品質、誠をもって人を遇し、暖かい春風や四季に合う優しい雨のような魅力的な人格を受け継ぐべきであります。老先生が提唱された“人間界仏教”の思想を受け継いで発揚して、時代の特色のある仏教の新しい文化を建設して、仏教と社会主義社会が相応する新しい一章をつづり、仏教の中国化の新しい境界を開拓します。朴老先生の因縁によく応じて中道円融で卓越している知恵を学んで、仏教の教義を、国家が強くて豊かになる、人民が幸福になる、民族が復興するという偉大な事業の中に融和させます;国家の尊厳を守ることに、国家領土と主権を守ることに、祖国の平和と統一の偉大な事業を促進することに融和させます;中国の仏教界と世界各国の仏教界の友好的な往来の偉大な事業を促進することに融和させます;中華文化の復興と伝播、世界の新しい文明を構築する偉大な事業に融和させます。中華民族の偉大な復興する中国の夢を実現するために、世界平和と人類の共通の幸福のために、仏教徒がするべき貢献をします。

最後ですが、今回のシンポジウムが円満に成功するのと沢山の成果が上がるのを祈ります。

皆様が心身とも安泰で六時吉祥であることを祈ります。

皆様ご静聴ありがとうございました

本土化と現代化:21世紀伝統宗教の中国化の将来性

現代性危機が方々に充満し、その蔓延がグローバル化する時代に、人々は信仰を失い、心の危機に陥る一方、各主要な伝統宗教自身も現代文化の言語環境の中で信仰体系を再構築するべき危機に直面しています。このような二重の危機で、宗教は伝統のモデルから出て、更なる広大な人類思想文化の新天地に向かって歩き出さざるをえません。改めて宗教の核心的な教義精神を顕示することにより、宗教の伝播様式と組織制度を更新して、民族の文化伝統と深い対話をし、溶け合います。そして現代文化の思潮と十分にインタラクティブし相互作用して、最終的に民族文化の精髄と世界の新文化の特質を持つ信仰体系を構築します。これは21世紀に伝統宗教を中国化する見通しであり、そして世界宗教の未来図でもあると言えるでしょう。

宗教の生命に民族の魂を溶け込ませる――宗教の本土化を改めて見直す

宗教と本土の伝統文化との融合は、便宜的な計画ではなく、必ず通る道です。宗教の本土化は、外来宗教を本土文化に適応させるだけではなく、本土文化が外来宗教の内包と外延を作り直すことでもあります。もしも宗教はそれ自身を変化させることのできない閉鎖的なシステムだとみなしたら、きっと本土の文化とは真の融合はできない、表層的、平易的、簡単で、そして機械的な“組合せ”でしかなりません。

宗教の本土化は、本土の伝統文化に対する深い理解、共鳴そして融合であると同時に、外来宗教が本土の文化への主導的なオープン化と自らの更新化でもあります。

漢伝仏教が行って来た経典に対する解釈及び修証方法の創新は、全て非常に開放的でかつ多元的なものです。経典の解釈は少数の宗教権威の特権ではありません。六祖慧能大師は読み書きのできない一介の平民ですが、彼は『金剛経』を聴くだけで道を悟ることができて、そして仏教経典と同等な価値をもつ『壇経』を作りました。祖師賢人たちは様々な角度から仏法に入り込み、そしてそれを理解し、実践して、漢伝仏教の八大宗派を創立しました。仏教は多元化の解釈によって混乱や無秩序の状態を引き起こしてはいない、逆に更なる大きな繁栄をもたらし、人材輩出で、広く伝わりました。

一つの宗教は、その発祥地はどこであるか、その最初の文化背景はどのようなものであるかには関係なく、中国に入った以上、「 中国の宗教」になります。仏教はインドで創始され、インドのバラモン文化の影響をうけたものですが、中国に伝来してから、「中国仏教」になりました。二千年来、中国の仏教徒は自分がただのインドの仏教の末裔だとは思っていない、ましてインドの文化思想を固守することなどはできません。そしてこれを中国仏教に対する評価の基準にしています。中国仏教は歴代の祖師賢人たちの智慧により創造され、すでに自己完結型の漢伝仏教の教義理論を作り上げました。八大宗派は仏法の本意に背かないだけではなく、その上更に鮮明で、活発で、深い、調和的な方法で大乗仏教の精髄と思想を明らかに示しました。最終的にインドで滅ぼされた仏教は中国にて本当の伝承と発展を遂げました。

だから、宗教を徹底的に中国化するには、本来の文化背景と教義解釈体系を突破する必要があります。改めて中国文化の基盤にある中国の宗教教義体系を作り上げ、中国宗教の主体性を創立します。

宗教信仰で現代問題に対応する――宗教に対して現代的で内なる構築を行う

グローバル化の現代社会で、我が国の宗教は、どのようにして宗教を徹底的に本土化するかの問題に直面するだけではなく、更に現代化、グローバル化の問題にも直面します。西洋文化が主導になっている現代では、中国の宗教も必ずどのように西洋文化及び現代性危機に受け応えするかを考えなければなりません。

現代性の危機は、実際、現代人の精神的な危機です。そのため、中国の宗教は、この核心問題に関心をもつ必要があります。つまり、宗教の究極的な信仰は現代人の精神の関心に応えることができるかどうかの問題です。

この問題に向かうためには、伝統の宗教は神聖で権威的な聖壇から降りるべきで、学習者、奉仕者の態度で、自ら現代文化の思潮について理解しようとする努力をし、現代人の精神的な渇求と信仰の需要を観察するべきです。同時に、宗教自身の伝統について念入りに見直して、深い掘り起こしを行うべきです。

伝統宗教は、宗教の本義、信仰の本義、人類の心の渇求の本質から、改めて自分自身をじっくり見直し、そして内面から自身の伝統を打ち立てるべきです。宗教の教義、組織制度、伝播方法から溯って革新し、宗教の教義の精髄と現代人の信仰の需要とを一体にして、信仰の究極性、心の本源性、文化の共通性、価値の超越性をもつ世界的な新文化、つまり人類の「心の文化」を創立します。

具体的にいうと、宗教の経典と教義の現代的な解釈、宗教制度の探求と革新、宗教伝播の多元的な創意など、すべて努力に値します。教義の解釈に関しては、中華の伝統文化と宗教の核心教義の中から探求すれば、現代の中国と世界の精神的な渇求と文化的な渇求の思想内容に受け応えることができます。そしてこれでこの時代の語彙で解釈できます。

グローバル化している時代の人類の普遍的な精神の危機と心の訴えに向かい、中国の各大きな伝統宗教は、自己本位、伝統を固守する心理モデルから飛び出なければなりません。中華の伝統文化と深く溶け合いながら、世界の文化とも深いインタラクティブをしま。それと同時に異なる宗教の間でも対話、交流、そして互いに見合い、助け合う必要があります。高度な開放と円融(えんにゅう)の心持ちで、宗教を超える世界的な文化の目線で、全てを哀れみ、全てを包容する平等の慈悲をもちます。人類共通の心の本源に帰って、人類の“心の文化”を創造します。こうするしか宗教の生命を広大で長い時空に導くことができません。これで宗教の中国化の過程は人類の新しい文明を啓発する重要な縁となります。

仏教の中国化の新境界へ邁進

今それから将来、積極的に文化的なお寺を建設すること、インタネットと人口知能の新技術で持って仏教文化を広げること、継続的に世界仏教フョーラムおよび「一帯一路」学術文化交流活動を行うこと、徐々に海外漢伝仏教の道場を創設すること、様々なクリエイティブ的な発展、創造的な開拓で中国仏教と中華文化象と声を世界まで届けさせ、中華民族の文化的な自信を向上させること、以上全てのことは新時代において中国仏教の重要な使命であります。

10月18日、世界でも注目されている中国共産党第19回全国代表大会が北京で盛大に開かれました。光栄なことに招請により、宗教界の代表として中国共産党第19回大会の開幕式に列席できたことは、党が宗教界の人士に対する尊重と重要視している気持ちの表しだと認識しています。現場で習近平の重要報告を聞くことができ、親切な気持ちをさらに実感でき、奮い立たせる気持ちと力がより多く感じられました。報告はパワー的、ロジック的で、創造力、戦闘力、時代性、現実性に満ちています。報告は中国の特色のある社会主義が新時代入りの歴史特徴を正確に把握し、新時代の中国の特色のある社会主義思想と基本戦略を提出し、中国の特色のある社会主義新時代の奮闘目標を樹立し、社会主義現代化強国の全面建設の新たな征途についたことについて述べました。

「使命は担当を呼びかけ、使命は未来へ導く」中国の特色のある社会主義が新たな時代に入り、中華民族は歴史の新たな位置に立つことになり、中国仏教界も時代と共に前進するべきで、新時代の使命をを背負い、積極的に行動し、創新的に発展させ、仏教の中国化の新境界へ邁進し、中華民族の偉大なる復興の中国夢を実現させるため新しい智慧と力を貢献しましょう。

社会主義の核心価値の指導の下、中国化の方向を堅持し、社会主義社会に積極的に適応させ

人民の美しい生活を実現するため、「人間仏教」を積極的に提唱し、実践させ

「永遠に人民の美しい生活を実現させることを奮闘目標とする」、これは政党が人民への厳かな承諾であります。「人間仏教」もまさに「国土を厳かにし、有情を利楽する」ことを努力の目標とします。この両者は同工異曲に思えます。「人間仏教」の主張は、五戒十善を実行することによって自己を浄化し、六度四摂を実行することによって人々を利益を与え、人間浄土の建設を自分の責任だと認識し、「国土を厳かにし、有情を利楽する」のため、自分の全部の力を貢献します。この理想と実践は社会人生の浄化と向上に積極的な意義を持ち、人民の「美しい生活」への選択と理解にも豊かにしました。

「人間仏教」を建設するプロセスの中、中国仏教は個人の生命の究極的な意義を価値を探索するだけではなく、人類社会の平和と福祉も追及し、世界生態環境の和諧と美しさを守ります。自他不二、依正不二の生命観、世界観は人類共存の「運命共同体」、人間と自然の共生の「生命共同体」へ価値観のサポートを提供し、中国の一日も早く富強、民主、文明、和諧、美麗の社会主義現代化強国を完成することに協力することができます。将来、中国仏教は引き続き、公益慈善、環境保護、両岸関係、対外交流、文明対話、「一帯一路」建設等の方面には、引き金、懸け橋、絆の役割を果たし、中国人民の全面発展、中国社会の全面進歩、中華民族の全面復興に促進していきます。

文化的な自信を固く信じ、仏教文化の中の優秀的な要素を掘り出し、伝統文化の創造的な発展を推し進め

習近平は十九大の報告には特別に文化的な自信を固く堅持すること及び社会主義文化の繁栄を推し進めることを強調し、「文化は一つの国、民族の魂であります。文化が繁栄すれば国運が盛んになり、文化が強ければ民族が強大になります。高度な文化的自信がなければ、文化の繁栄はなく、中華民族の偉大なる復興もない」と認識しています。中華の優秀な伝統文化の不可欠な重要な一部分として、中国仏教が2000年余りの悠久な歴史の中、輝かしい精神的な富、文化的な宝を創造し、中華民族の慈悲と寛容、楽善好施、平和を愛し、精神面を重視するなどの美しい品格を育みました。中外友好往来、人文交流、心通じ合うの架け橋と絆の役割を果たしてきて、社会的進歩、人民福祉の向上、文明間の交流のために重要な貢献を捧げました。

新しい時代の新要望に対し、中国仏教は引き続き仏教文化の優秀な要素を掘り出し、時代の要求に相応しい解釈を作り、その内容と表現方式をたゆまぬ補い、開拓、改善させ、現代の文化に対応させ、現代社会に協調できるようにします。それに、高度的な社会責任感、積極的な文化使命担当意識でもって、社会主義新文化、人類新文明に力を知恵を貢献しましょう。今それから将来、積極的に文化的なお寺を建設すること、インタネットと人口知能の新技術で持って仏教文化を広げること、継続的に世界仏教フョーラムおよび「一帯一路」学術文化交流活動を行うこと、徐々に海外漢伝仏教の道場を創設すること、様々なクリエイティブ的な発展、創造的な開拓で中国仏教と中華文化象と声を世界まで届けさせ、中華民族の文化的な自信を向上させること、以上全てのことは新時代において中国仏教の重要な使命であります。

習近平の報告は先人の意志を受け継ぎ、将来につながり、高所に立ち、高い見識を持ち、その豊かな深みのある精神的な内容について、熱心に考え、味わい、実践するべきであります。私たちは引き続き習近平の重要報告を学び、報告中の新理念、新思想、新戦略を全面的に把握し、習近平同志を核心とする党中央の周りに緊密に団結し、中国仏教の四衆弟子を率いって、仏教の中国化新境界を開創することに努力し、小康社会の全面的完成の決戦に勝利を勝ち取るため、社会主義現代化強国の建設のためにたゆまぬ精進し、努力していきましょう。

中国・カナダ・アメリカ三ヵ国仏教フォーラム開幕式における挨拶


尊敬する中国国家宗教事務局の蒋堅永副局長
尊敬するカナダ仏教会会長の達義法師
尊敬するアメリカ仏教連合会会長の品道法師
長老の皆様、法師の皆様、ご来賓の皆様、居士大徳の皆様

各方面からの皆様のご協力の下で、三日間をわたる「円融たる中道、末永く平和」をテーマとする第一回の中国・カナダ・アメリカの三ヵ国仏教フォーラムは明日開幕式を迎えます。今回のフォーラムはカナダ仏教会の呼びかけにより、中国とアメリカの仏教界が共同で参加し、三国の仏教界の理解と友情を深め、漢伝仏教の発揚と国際交流を促進することを主旨とします。今回のフォーラムは中国・カナダ・アメリカの三国の仏教界にとってマイルストーンとなる盛大な出来事で、将来に中国の仏教が西洋世界における伝播のために必ず深遠たる影響を与えると言えるだろう。

本日我々三ヵ国仏教界はここで盛大な法要を行い、共にこのイベントの成功を祝福し、共に世界の平和、人々の安楽をお祈りします。私は中国仏教協会及び中国仏教の四衆の弟子を代表し、諸山の長老の皆様に、ご来賓の皆様に、居士大徳の皆様に謹んで祝福の意を申し上げます。今回の法要に大いにご尽力して頂いた主催者のカナダ仏教会及び湛山精舍に崇高たる敬意を表します。

1993年の時、当時の中国仏教協会会長の趙朴初居士は代表団を率い、日本仏教界の主催した中国仏教協会成立40周年記念イベントに出席しました。中韓日三国間仏教界の友好交流が歴史的にはすでに「黄金の絆」で結ばれていたが、「黄金の絆」の再建築という考えを挨拶スピーチ中に明らかにしました。この考えの啓発と推進の下、中韓日三国仏教友好交流会議は1995年から毎年一回に行うようになり、昨年まですでに19回を行われ、三国間の仏教界の友好関係を深め、三国国民の間に深い友情を築くことができ、東アジアの安定ひいては世界平和の維持にも積極的な役割を果たしました。

地理的に離れているため、古くから中国と西洋の文化交流は制限され、各自に相対的に独立且つ鮮明な特徴がそれぞれ形成されました。今日いわゆる中華文化は「和」をその根本的な特徴としています。「和」の文化は異なる元素の間で調和共存や共生の関係を強調しています。「和」を特徴とすれば、必然的に多次元を追求し、多元的な価値観を賛同できます。すなわち、古代中国人が言う「和而不同」ということです。仏教の起源はインドにありますが、中国に伝来してから、中華文化と交流や融合し続ける中で、お互いに参考し、促進してきました。「和」を根本的な特徴とする中華文化を取り入れ、仏教は円融無碍の中国仏教まで発展することができました。一方、「心」を世界本源とする仏教の精神を取り入れ、中華文化も独特の価値がある「心文化」を形成しました。

イギリスの歴史家アルノード・トインビーは「20世紀の最も有意義な事件の一つとは仏教が西洋に伝わったことである」という考えを示したことがあります。フランスの神経生物学者のフランチェスコ・バレラは、「我々がアジアの哲学、特に仏教の伝統についての再発見は、西洋文化にとっては第二回の『ルネサンス』であり、これがもたらした衝撃は、ヨーロッパのルネサンス時代のギリシャ思想への再発見と同様に重要な意味を持っています」と主張しています。西洋ではますます多くの学者はこの観点を認めています。このような考えは中国仏教が二十一世紀の西洋における伝播と発展のため広い空間を提供することができます。仏教は、特に中華文化の「和」の精神を融合した中国仏教は必ず人類にもっと素晴らしい未来を創るために自らの貢献を捧げられると確信しています。今、我々中国、カナダ及びアメリカ三カ国の仏教界は、古代の祖師大徳のご意志を引き継ぎ、この新しい「黄金の絆」を共に構築することは、まさに今すぐ着手するべきことでしょう。

最後に、2017年度中国、カナダ、アメリカ三ヶ国仏教フォーラム及び世界平和祈り大法要が円満裏に開催できることをお祈りします。

ご清聴有り難う御座います。

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