法要特集――「春節祈福華厳法会」
龍泉寺にて龍年を出迎え、新春の福と国家の安定を祈る
「潜龍.勿用」、「見龍在田」、「飛龍在天」…中国の伝統的な経典である『周易』には、「龍」についてこのような表現があります.龍というのは、中国人にとって特別な意味があり、「天行健、君子以自強不息(天の運行が順序正し進むように,人も自彊してやまないようにすべきである)」という民族精神を代表します.よって、私たちは「龍の伝人」と呼ばれています."龍鳳呈祥"、2012年龍年の際、鳳凰嶺に位置する北京龍泉寺は、国が安定し、人々の平安無事を祈るために、7日間にわたって「新春を迎える華厳法会」を行い、独特な新年を味わいます」.
1月22日午前8時半、「新春を迎える華厳法会」のボランティア準備会が龍泉寺の五観堂で正式に開幕しました.賢健法師、賢喩法師、賢彦法師、賢攀法師が会議に参加し、法会の総幹事である肖金蘭が司会をしました.
賢健法師は「何が本当にいいことなのか?善に対する果報こそ真にいいことである.善に対する報いには善の因縁が必要であり、善の因縁は自分の心に求め、自分の心が作り出すのだ」と開示しました.法師はまた、今は春節休暇で、残業すれば給料は平日の3倍になるので、お寺でボランティアをやれば、代価は3倍の給料になるわけだが、福報も平日の3倍になるはずである.みんなの発心に感謝する.頑張るようにと言いました.
賢喩法師は「皆さんに会って、味わい深い新年を感じた.寺院の台所で何日間もかけて団円飯(一家団らんの食事である)を用意したのは、皆さんに楽しく食べていただくためである.皆さんが仏法を学ぶには、資糧を積むことは重要だ.先日、私がひどい風邪を引いたのは、年夜飯を準備していた時に注意散漫だったからだ.この二、三日、皆さん喜んでお寺にボランティアをやってきて、新年を迎える姿を見て、恥ずかしい気がして、風邪も治ってしまった.私が言いたいのは、ボランティアをやるにはいい加減な気持ちではいけないということだ.そうすれば、資糧が少なくなってしまう.皆さんが春節の時に多くの資糧を積むことを望む」と言いました.
続いて賢彦法師が言いました.「賢喩法師が自分の体験を通して自省と感謝の心が大きな力を持っていることを証明した.世間の人々にとっては、"辞旧迎新"(旧年を送り、新年を迎える)であるが、私たちの身からすれば、"吐故納新"(古きを捨てて、新しきものを取り入れる).学問的には、"温故而知新"(故きをたずねて新しきを知る).事業の面からいえば、"推陳出新"(古きを退けて新しきを出す).治国にとっては、"革故明新"(古いものを取り除き、新しいものを打ちたてるである).「新」ということは、また「苟に日に新たに 、日々に新たにして、又日に新たなり」という言葉もある.皆さんが弛まず成長し、楽観的に修行するよう希望する」.
四名の法師のご指導で、法会のボランティア準備会の雰囲気は厳粛でもあり、ユーモアにあふれていました.ボランティアたちはその熱い雰囲気に包まれて、拍手は鳴りやまず、喜びに満ちていました.
お昼、学誠大和上が居士斎堂で僧俗たちと一緒に"団円飯"を食べました.これは「華厳法会」の特別な活動の一つです.禅興法師が"団円飯"を主催して、学誠大和上は食事が始まる前に、開示をしました.
学誠大和上が人の心の力について開示しました.「唯心所現(心が物質世界に顕現する)、唯識所変(意識が物質世界に変化をもたらす)」.帰依の重要な意味の一つは悪を断ち切ることです.善人から仏道の修行をする人になり、善良な考えから神聖な考えに変わる.」学誠大和上がまた一つの物語を語りました.昔、ある修行法師がいました.仏堂では一匹のねずみが法師と一緒に修行をしていました.ある日、一匹の猫が来ました.ねずみは猫に食べられるのを怖れて、法師に助けを求め、猫に変えてくださるように頼みました.法師はねずみを猫に変えて助けてやりました.数日後、一匹の犬が来ました.この「猫」が犬に食べられるのを怖れて、法師に助けを求め、犬に変えてくださるように頼みました.法師が神通力を使って、「猫」を犬に変えて助けてやりました.また、数日後、一匹の虎が来ました、「犬」が虎に食べられるのを怖がって、また法師に助けを求めて、虎に変わりました.その後、「虎」が猫に出会って怖がっているのを見て、不思議に思って、法師に「どうして虎が猫を怖がっているのですか.」と聞きました.法師が「虎」に、「外見を変えることはできるが、内心を変えることはできない」と言いました.「修行も同じである.いくら環境が良くても、自らが発心しなければ、心を込めなければ、自分の損失になる.いくらいい環境にあっても、内心を変えなければ、心から修行をしなければ、役に立たない.だから、仏法は心の法門である.心に法を求めれば即ちそれが仏法である.仏法は完全に私たちの内心にある.自分の内心に覚悟を持つべきである.これによって皆さんを祝福し、新しい年、学門修業に精進して、万事順調であることをお祈りします.」
人々は 法師の開示に感謝し、 "龍泉団円飯"をいただきました.それぞれのテーブルは臨時の組み合わされたメンバーでしたが、皆さんは楽しげに和やかに溶け合い、まるで家族のような雰囲気でした.
“団円飯”は精進料理で、寺院の台所の心を込めて用意したものです.それぞれの料理は色、香り、味のいずれにもこだわっていて、豊富でした.飲み物は天然の豆乳で、とても美味かったです.物質的には、料理のすべての材料はグリーン野菜から成り健康的でした.特に龍夫山泉水は清らかで甘みがありました.精神的には、みんながその雰囲気に溶け込み、喜びにあふれていて、菩薩の加持に感謝していました.
“団円飯”が終わっても、みんながまだ意を尽くしていなかったようでした.夜の「2012年龍泉寺春節の夕べ」は大晦日にある様々なイベントで盛り上がっていました.華麗で壮大な見行堂には、全国各地から集まった千人余りの居士とボランティアが一堂に会し、喜びに満ち溢れていました.
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| 翻訳センターのボランティアが演じた仏経の 物語「妙善姫」 |
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| 工事部が演じた「スリを捕まえよう」 |
聯歓会の演技が始まる前に、会場では「龍泉寺2011を振り返る」という記録映画が放映されました.この映画を通して、過ぎ去った一年に、龍泉寺は社会各方面の護持により、数多くのボランティアと居士が緊密に団結して、積極的に精進したこと結果、輝かしい成績を得たことが分かりました.記録映画を見て、学誠大和上の悲心願力がいかに広大であるかが分かりました.大和上が高遠なところに目を向け、中国仏教の未来を考えながら、国外の宗教界と絶えず交流し、中国の仏教が世界に広がるように努力しています.私たちは学誠大和上の菩薩行に感動し、大和上に対する尊敬の念が自然に湧き上がってきました.
聯歓会はボランティアの合唱と抑揚のある読経の声の中で始まりました.司会者は洒脱で、ユーモアたっぷりに、観衆と終始交流していました.法会各部門のボランティアと学員は自作自演で素晴らしい出し物を披露しました.合唱、新劇、詩の朗読、楽器演奏などいろいろな出し物がありました.出し物の内容は仏法と関係があり、絶えず観衆の拍手喝采を浴びました.ロシア、キューバ、インドの学員と龍泉寺翻訳センターのボランティアが演じた仏経の物語「妙善姫」と工程部が演じた「スリを捕まえよう」はみんなに賛嘆されました.学誠大和上と法師たちは現場で11枚の新年祝辞を書いて、クイズの形式で観衆に贈り、夕べの雰囲気を盛り上げました.そして、司会がみんなにもっと喜ばれるいいニュースを発表しました.それは学誠大和上が法会に参加しているすべてのボランティアと学員たちに心を込めて新年のプレゼントを用意しているというのです.それは祝儀、年賀状と学誠大和上の本「悟りの道を歩む人生」などです.大和上の慈悲に会場は拍手が鳴りやみませんでした.多くの人が感動のあまり涙を流していました.見行堂の中は光がに満ちて和やかな雰囲気でした.
学誠大和上が龍年の夕べの開示で、次のような話をなさいました.
「私たちはボランティアと学員たちの個人の責任と義務に基づいて団体に取り入れるべきである.団体の責任と義務を社会と国家に取り入れるべきである.家庭の幸福、国民の安定、国家の豊かさ、世界の平和を祈っている.」また、大和上が慈悲願力で新しい年に皆さんの学修進歩を希望しています.「正念を常に守り、大悲を絶えず行なう」.
零時になると、鳳凰嶺の下にある龍泉寺の鐘の音が遠くまで響きました.法会に参加した全員は新年の鐘の音と共に、祝福をお祈りします.仏の導きで正式に龍年に入りました.龍泉寺は羽ばたく龍年に仏光普照、仏縁順当、仏門光大をお祈りします.
仏教のお寺で中国新年を味わう 北京滞在外国人
2012年(壬辰龍年)の新春、ラオス人留学生の陶暁宇さんにとって初めての中国春節を北京の北西部郊外にある龍泉寺で迎えました.大晦日の夜に披露した観世音菩薩過去世物語の舞台で、妙善姫の役を演じた陶さん.「観音様の経歴、衆生への愛や慈悲を理解することができたし、観音様に憧れています.」
7日間にわたって「春節祝福華厳法会」を厳修する龍泉寺には、1000人以上の中国人と外国人の仏教徒や友人が参拝しました.吉祥普仏(幸福や長寿などを祈祷するため、懺悔や念仏を行う仏事)、読経、お祈りの除夜の鐘など多彩な活動に中国人と一緒に参列したのはアメリカ、ロシア、オーストラリア、ベトナム、ボツワナ、ベネズエラ出身の外国人です.
華北電力大学に留学している陶暁宇さんは、これまで、龍泉寺の翻訳センターの「学誠法師多言語ツイッター」のボランティアチームに参加.「中国で初めての新年を北京龍泉寺でお祝いできて、うれしい.」と語っています.
遠くの山々、緑鮮やかな樹々、明るい日差しの中で座禅を組んでいる法師やはるか遠くまで伸びる道を描いた陶暁宇さんの簡潔なマンガには、「心が落ち着けば、道は照らされる」という文字が書かれています.
もう一人は舞台で妙善姫の父親に当たる興林国国王の役を演じたロシア人ラマン(羅曼)さんです.今回の春節法要で願いが叶い、龍の年の二日目に仏門に帰依して居士(在家の仏教徒)になりました.数年前から仏教への信心が生じ、自宅で仏様へ帰依を発願しましたが、やはりお寺での帰敬式が不可欠だと思っていました.辰年旧元旦に龍泉寺にやってきたラマンさんは、精進をずっと念願しつつ、帰敬式の誓詞にピンインを付けて念誦しました.
「仏教に帰依する理由は?」と問われると、ラマンさんは深く考え込みました.「栄華豪奢はなんとすばらしいことか.どうして修道だけにこだわるか.」という「妙善姫」の中の絶妙なセリフを持ち出すと、一堂の爆笑を誘いました.
23歳の哈瑞(Harwey)さんはベネズエラ出身で、両親の影響でカトリック教に入信しました.お寺で春節を祝う理由を問われると、「中国の仏教を理解したい気持ちで寺参りに来て、ここの人に親切にもてなされました.」そのほかに、「南京豆や大豆を圧搾して作った飲み物もおいしい」と、龍泉寺の精進料理も絶賛しました.
哈瑞さんが描いたマンガには、「歓迎新同学」という字が龍泉寺山門に書いてあります.建物の前、左側の方は三名の学生さんで、右側の方は師匠.学生る意味)」と一斉に言いました.龍泉寺には「随喜」という言葉がよく耳に響き、聞けば聞くほど喜びが湧き上がり、マンガを描きながらその場で「随喜」の漢字の書き方を先生に聞いて、その喜びをマンガに表現したのです.
それ以来、龍泉寺は正しい作法を行持する正法道場として中国に知れわたることになってきました.
北京龍泉寺は遼代に開山された道場で、中日戦争の間に次第に廃れてきて、文化大革命時にはまったくの廃墟となりました.2005年、中国仏教協会副会長の学誠大和尚(師匠)は蔡群居士の要請に応じて龍泉寺を住持することにしました.それ以来、龍泉寺は正しい作法を行持する正法道場として中国に知れわたることになってきました.2006年から、和尚ブログ、中国語・英語・日本語の伝統文化ウェブサイト「龍泉之声」、八言語ミニブログ、ネット仏学院(チャットルーム教室で仏法を伝播するコース)などを通しての布教伝道方式を活用し、最新のマルチメディア技術を生かして人々に煩悩の対治方法の発見を助け、北京にいる外国人が中国仏教や伝統文化を理解する一つの窓口にもなっています.
大晦日の団円飯の新年の挨拶に、学誠大和尚は弟子や檀信徒に次のようにおっしゃいました.「毎日、多くの人が多言語ミニブログを翻訳しています.後一ヶ月で、2011年の一年分の多言語ミニブログを内容とした本も出版できます.幾つもの国からきた外国の友人はミニブログを通じて龍泉寺を知り、そして私たちの翻訳センターを知って、この事業に参加してきました.これによって、中国仏教文化の世界への広宣流布に役立ち、国外各方面とのコミュニケーションも促進してきました.」
大和尚はさらに続けました.「仏教の教理・教義は歴史が長く伝統もありますが、新しい時代に取り組まなければならない仏教徒は現代的な思想の持ち主であるべきだと考えると、慈悲・平等・円融などの仏教の知恵を現代的な方式で発信すべきだと思っております.」
この春節に、陶暁宇さんは学誠大和尚から新年のお祝いのプレンゼントをいただきました.吉祥のお年玉、『学誠法師感悟人生開示集』、漫画で飾られた布袋と中国大陸で初めてお寺の名で発行された「龍泉寺龍の年」初日カバーなどです.素敵なプレンゼントをもらって、陶暁宇さんは限りない喜びを感じました.「こんなに多くの人がお寺で新年を祝い、互いに助け合う雰囲気があって、来た甲斐があります.来年もここでの新年を楽しみにしていますわ.」
リソース:中新社
仏門で『礼』を論じる
2012-01-26
一般的には、礼というのは儒教のもので、仏教はなぜ礼を論じるようになったのでしょうか.仏法と礼はいったいどんな関係を持っているのでしょうか.2012年1月26日午後3時30分、つまり2012年北京龍泉寺春節華厳法要の五日目に、賢因法師は見行堂で『礼』について素晴らしい開示を行いました.
ユーモアな挨拶
「もともと私のマネージャである賢満法師も応援に来るはずで、私は30分ぐらいで話をして、賢満法師が30分ぐらいで、その後みなさんと交流するとの流れのつもりだったが、結局私だけになってしまいました.」とユーモアな挨拶のおかげで、会場の緊張している雰囲気は一揆で笑い声の中に消えました.
「『礼』について話をすることは、わたしもたいへんはずかしく思います.師父の慈悲でわたしを指示したので、従うしかないですね.たぶん、わたしの『礼』はよくないから、『礼』について考えなさいという師父の本来の考えだろう.だから、今日は授業するつもりではなく、みなさんと交流し、学ぶつもりで来たのです.」と法師の謙遜の気持ちがいっぱいでした.
儒教の礼
中国の各時代も礼の制度を重要視していて、各王朝に礼学を研究する専門家がいて、礼儀制度を作り出したのです.統治階層は統治を強めるため、礼を利用して社会秩序を維持しました.孔子の前に、夏礼、殷礼、周礼があったのです.周公の時代の周礼はもう比較的に整えていました.孔子は特に礼楽を提唱し、「克己復礼為仁」といい、礼を儒教文化の主導になりました.先秦六経、漢代五経、唐朝九経、宋の十三経にはすべて礼についての記述がありました.法師は、「礼」について、夏、商、周の時代から、漢、唐、宋の時代まで、古典に基づき、詳しく紹介しました.特に、『四書五経』の周礼、儀礼、礼記という三礼について述べました.
礼というのは何だろう.礼の重要性はいったいどこにあるだろう.「私たち言っている礼は、実は修身の規則で、人としての行動基準であります.」と法師は解釈しています.
「あらゆるの民族は自分の礼儀作法、規則があるのです.たとえば、人と会う時の礼としては、国によって、抱きついたり、鼻と鼻をくっ付けたり、握手したり、お辞儀をしたり、それぞれ違いますね.ですから、私たちはどこに行っても、地元の礼儀の慣習を知るべきなのです.礼儀作法があってもなくてもいいと思うのだったら、それは大間違いです.礼儀作法は大変重要なことで、それは礼法を伝承する重要な手段で、形がなければ、物事が成り立たない場合もあるのです.
仏門の礼
仏門の中にも自分の礼儀があるのです.
「仏門の中では、朝・夜 の修行、食事、聞き、礼拝、睡眠、話、立つ、座り、歩き等等、たくさんのルールがあり、これはすべて礼儀です.」
仏門の礼と儒教の礼の違いという質問に対し、「仏門の礼は戒と同じで、戒の内容から言えば、戒は最も完璧な礼であります.」と法師は一言の下で礼を説破しました.
法師は自分が比丘戒を受けた時の事をしみじみとした気持ちで回顧しました.「私たちは比丘戒を受けた時の場面は一生忘れられません.厳かで、粛穆で、上師が上座に座り、両側が戒場で、皆はとても熱心で、その時の加持力は非常に不思議なものでしたね.」
戒律を受けることによってどういうメリットがあるのでしょうか. 法師は次のように答えました.「いいことはたくさんありますよ.積徳行善をするべき、よい人になるべきと皆は知っていますね.よい人なれば、戒律を受けなくても、念仏しなくても、形は重要ではなく、心にはあればいいといろいろな言い方があるのですが、それは違います.戒律、特に菩薩戒はすべての有情、三世の有情とつながっているのです.善いことをやるとき、相手にだけ影響をあたえるのですが、戒律を受けると、法界の衆生にも影響を与えるのです.あなたの功徳は無量で、もし生生世世戒律を守ると発願すれば、功徳はもっと広大なものになります.仏経の記述によって、受戒された人はいくら加害を受けても、死なないのです.崖から押し出されても、空中に立てるのです.水に捨てられても、浮かび上がれるのです.火の中に押し入れられても、火は自然に消えるのです.不思議ですね.受戒すると、次の仏が出世したら、正果に成就できるのです.一日一夜の受戒でも功徳は非常に大きいのです.
なぜ戒律が完璧な礼儀というのでしょうか、なぜ非常に大きな功徳をもっているのでしょうか.法師は持戒の意義について下記の三点に纏めて語りました.
一、諸悪莫作、有情を悩まさず、害せず.「戒律の本質は有情を悩まさないことです.孔子に曰く、己の欲せざる所、人に施すことなかれ.有情を損害を与えず、悩まさないことです.仏法の戒は特別の人ではなく、衆生を害せず、悩まさず、もし特別の一人だけに慈悲の心がなければ、それは戒律を破ることになります.あらゆるの衆生を害しないことで、人はあなたの敵にもならないだろう.
二、衆善奉行をやるべき.「自分の功徳を円満にするため、すべての善法解脱戒を学び、善法戒を受けるべきです.仏は一切の頂点で、万法の縁起であります.正遍知、無所不知.善の要求に従い、自分自身を改善し、内心に道徳を持ち、完璧の人間になるように努力します.人は仏性になり.」
三、すべての有情に利益を与える.「世の中に最も完璧なのは仏様であります.仏様は敵はないのです.仏教が他の善い法ともっとも重要な違いは、すべての有情界に利益を与えるところにあるのです.悩まず、害もせず、利益を与え、正法を教え、衆生を苦と業から解脱させられます.」
仏教は他の宗教との違いはどこにあるのでしょうか.法師は突然不意な質問をだしました.「もし有る人はあなたのためによいことをして、あなたはこの人が悪い、なんか企んでいるとは疑いますか.もし私利のためではなく、他人のため働く場合、必ず皆に受け入れられるでしょう.衆生も友達になれるでしょう.仏教が他の宗教と異なるところは、衆生を平等に扱うのです.他の宗教も戒律、礼儀、殺盗淫妄の四大根本戒があるのですが、しかし、対象が違って、対象が人間だけで、六道衆生の輪廻を認めないのです.自分が六道の一つにいて、次の世に人間に生まれ変われないかもしれません.これは仏教の智慧で、六道輪廻の法則であります.
儒教、世間の習俗を学ばなくても、法律も礼の一種であります.もし、法律もわからない場合、有情を害せず、悩まさずにいれば、法律違反することはないだろう.しかし、注意すべきなのは、有情に利益を与える時、分別せずにすべての有情に利益を与えるべきです.
仏様は千百億の身に変わり、読経、持戒、経について講演する時、いつも観察しています.衆生のそれぞれの事情を監察し、どのように教化することいつも考えています.地獄の衆生の苦痛を減少するため、あらゆるの方法を考えています.これから、私たちは衆生と付き合うとき、一番重要な原則は菩提心を持つことです.私たちが礼儀を学ぶことはすべての有情のためであり、菩提心を発心し、衆生を自分の親、子供と見なし、寛容の心、包容の心で付き合うのです.こうすれば、儒教の忠誠、孝行などのことを実践することはできるだろう.菩提心を発心することも、有情を害せず、利益を与えることも簡単にできるだろう.
菩提心を発心することは難しいとよく聞きます.普段の生活の中、仕事の中いろいろな不愉快のことに直面し、悩まずに利益を与えることは難しく感じています.持戒したいが、家の中では許されていません.こういう時こそ、実践しなければなりません.機会があれば、できるだけ多くお寺に来て受戒するべきで、八関斎戒、五戒など、一戒だけでもいいから、受戒するべきです.アルコールのアレルギーの方はすぐでも飲酒戒を受け、不殺生素食の方はすぐでも持戒不殺生を受けてください、功徳はとても大きいのです.お寺で受戒を受け、善法を学び、このようないい環境を大切にするべきです.
礼を学ぶための入門書
在家居士は修行するとき、どこから着手するのでしょうか.法師は皆様のため何冊の本を入門書として推薦しました.『孝経』、『徳育古鑑』、『太上感応篇』、『弟子規』、『文昌帝君陰騭文』という五冊です.
法師は特別『徳育古鑑』を推薦しました.この本はもともと『感応類鈔』という書名で、清朝康熙時代の史潔珵先生が編纂したもので、北京仁愛基金に出版されました.この本は歴史にあった事実を取り上げ、人生の道理などを記述しました.孝順、和睦、慈教、寛下、勧化、救済、交財、奢倹、性行、敬聖、存心等十一類に分け、付録に三破、七弁、立命説、浄意説、功過格などの内容も加え、とても実用的であります.
法師は「慈教」類中のある物語を礼として皆に話しました.昔、陳了翁 という方がいて、毎日家族と一緒に食事するとき、男女テーブル分けて 食事したのです.食後、必ず家族に質問をしました.ある日、こういう質問しました.「並坐不横肱、何也」(人と一緒に坐る時、なぜ肘をテーブルに横だししますか.) 陳さんの7歳の孫娘が「恐妨同坐者(隣の人に邪魔しないよう)」と答えました.
「恐という言葉を使っているが、たいへん興味深いことですね.陳了翁と彼の孫娘は仏の再現であるだろう.彼らはこのような形で我われを教えています.恐は持戒の内容で、『妨』を防ぐため『恐』という思いが自然に出るのです.私達の現代人は何を『恐』しているのでしょうか.私のことが知られていないことを恐れています.人のお金が自分のものにならないことを恐れています.百才まで生きられないことを恐れています.美女を手に入れられないことを恐れます.出世できないことを恐れます.これは古人が恐れていることとは違いますね.よく考えてください.私達の内心に何を恐れているのでしょうか、何を求めているのでしょうか.」と法師は語りました.法師の解読で、この小さい物語に深い意味を潜まれていることがわかりました.
法師の新春のプレゼント
とても幸運なことに、賢因法師は最後に皆に貴重な新春なプレゼントを準備しました.それは、在家居士が修学する時の四つの妙計です.観功念恩(人の長所を見る、人から受けた恩恵をいつも考える)、代人着想(他人の身になって考える)、敦倫尽分(自分の義務を果たす)、閑邪存誠(邪悪をなくし、誠意をもつ).皆の質問を答えた同時に、法師は生活を照らしながらこの四つの妙計について説明しました.
観功念恩:観、観想.念、考える.日常生活に話している「有難う」は「念恩」であります.ご飯を食べるときでも、こういうふうに考えるべきです.ご飯を食卓に持ってくるまで、種を播く、灌漑、施肥、加工、包装、洗浄、炊飯などこの一系列の作業をしなければなりません.これは「観功念恩」です.「法師はどのように師父の功徳を考えているのでしょうか.」という質問に対し、「毎日師父の功徳を記録しながら、自分の欠点も記録しています.」自分のやり方を披露しました.
代人着想:他人の立場になって、角度を変えて、物事を考えます.
敦倫尽分:倫理を明確に認識し、自分がやるべきことをやります.父親なら、父親の責務を果たす、子供なら、親孝行をやる、仏様の弟子なら、弟子としての責務を果たす、人間なら、人間としての責任を果たします.
閑邪存誠:閑は遮る、つまり邪悪の進入を防ぐことで、他人に誠実な心で付き合うことです.
以上の四つの言葉は簡単に見えるが、まさに大道至簡であります.実際に用いると、仕事にも、家庭の安定、子供の教育にも役に立ちます.
終わりに
今回の法要が『礼』にテーマにしたのは、現在の社会の実情を考えた上で決めたものです.昨今、私たちの社会はちょうど転換している時代にあり、物質的な文明が豊かになったが、精神的な信仰が失ってしまい、精神世界が徐々に「礼崩楽壊」の状況に陥り、いろいろな厳しい社会問題が起こってしまいました.だから、「復礼」ということは、社会道徳と社会秩序の復建を図ることで、今の社会の緊急に行うべき需要であります.仏教文化は中華文化の一つとして、社会主義先進文化の建設の中に、独特の役割を発揮するだろう.師父が言ったように「仏教の倫理は深遠たる包容性があり、その教義には物質と精神、世間と出世間など両方含まれ、永久性と時代性の両立ができるのです.」だから、仏教の倫理は「復礼」に強力な精神的栄養素を提供できるのです.
編集:淡淡煙
共に発心•担当•増上
——2012年元旦法要のボランティア達
2012-01-03
元旦法要は2012年の初の法要であり、お釈迦様の成道日でもあります.この殊勝で、法喜に溢れる祭日に、総勢300名の皆さんはせっかくの休暇を放棄して、真冬の中に今回の法要にボランティアとして参加しました.法要の内容は豊富多彩で、読経、幸福祈願、懺悔、供養、法師の開示などさまざまな活動を行いました.法要期間中に、ボランティア達のさまざまな感動的な瞬間が記録されました.
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| 蕭軍居士 |
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| 王振成居士 |
须臾刹那•菩提生根
龍泉寺の元旦幸福祈願法要の「観相-北京龍泉寺2012年元旦写真展」は人々の注目を集めました.撮影の技術といい、色彩の扱いといい、画面の構造といい、参観者の賛嘆は絶えなかったのです.今回の写真展の66枚の作品は文教部の蕭軍さん、賢凱さn、王振成さんなどの居士達が撮影したものです.写真展の主催者達が展示会場では参加者に作品を紹介したところで、私達はカメラマンの蕭軍にインタビューすることができました.
カメラマンの蕭軍さんは北京ある新聞のプロのカメラマンであります.2011年6月から今回の写真展のため準備をはじめ、6ヶ月の間に1万あまりの写真を撮りました.今回の写真展のテーマは「観相」で、つまり「相由心生、境由心造」という意味で、2011年の龍泉寺の仏法を広げる事業の発展、僧侶と在家居士の学習、ボランティアの活動、自然風景などの内容を皆に披露するという目的で、同時に、長い間龍泉寺のため奉仕してくれた居士達、ボランティア達に感謝する意味も含まれ、さらに、もっとたくさんの人々に仏と縁を結ばせるためでもあります.「すべての芸術には愛情が必要である」、この展示された一枚一枚の写真には、カメラマンの心血と汗が注がれています.『星空の下の継昇塔』を取るため、蕭軍居士は王振成居士としっしょに真冬の夜の寒さの中に2時間連続撮影を行い、1時間ぐらいの感光で星の運行軌道を記録して、やっとこの一枚の美しい貴重の写真を完成しました.
優秀な作品というのは、写真を通して必ずカメラマンの皆に伝えたい気持ちとかを感じ取れるのです.たとえば、『微笑みの力』という作品はヒューマニズムが溢れる写真で、蕭軍さんが「敬老の日」を祝う法要で取った作品であります.写真の中に、輝かしい笑顔の若い女性は見ず知らずの年配者と家族のように抱擁している場面をうつしています.心が温まる感動的な作品であります.
展示場に設けた記念冊子にはみんなの作品への感動と感謝が残されています.
撮影を担当する居士達は龍泉寺の細かい変化、感動的な瞬間をカメラで記録して、参観者に感動を与えた同時に、文献価値と芸術価値もある資料も作ることができました.さらに多くの人々に龍泉寺を披露し、仏教文化を宣伝し、深遠たる影響を与えられ、心の洗礼を受けられることを期待されます.
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| 忙しい受付 |
宿泊場所を提供し、善い行いで幸せの畑を耕す
元旦の法要に参加する全国の信者の数は予測より多くなったため、宿泊は大きな問題になりました.受付のオフィスには宿泊の場所を待っている人でいっぱいでした.受付のボランティアは寺院以外の農家に連絡し、空きベッドの数を再確認し、一生懸命宿泊できる場所を探しました.
しかし、夕方になっても、受付にはまだ20名ぐらいの方がいました.受付と総務は非常に困っている時、「もう少しお待ちください、後で宿泊場所を提供してくれる方が迎えに来てくれるそうです.もちろん無料で、それにホテル並みの施設ですよ.」とあるボランティアの方が知らせました.オフィスにいる皆はやっと安心できました.後、私達は宿泊施設を提供してくれた方を見つけ出し、短いインタビューをしました.
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陳軍、6ヶ国慈善マラソン大会に参加した経験があり、いろいろな国に回ったことがある甘粛省出身の青年で、仏教への憧れを抱えて、龍泉寺に長期滞在して、台頭村の塾で子供達に英語を教えています.元旦法要の参加者の宿泊場所が足りないと聞き、すぐ郝偉誠(賢謙)さんと相談し、塾の呉小東さん、村長の田宝華さんに連絡をいれ、呉さん、田さんが部屋を提供し、31日、1日の18名の宿泊施設を提供しました.それに、賢謙さんは宿泊者の迎え、朝3時に寺まで何回に分け送ることもしたのです.
法要の文教部は陳軍さん、贤谦さん二人の龍泉寺との縁ついて、インタビューもしました.
陳軍さんは今年の3月に龍泉寺の盛名を慕ってやってきました.龍泉寺の勉強グループに参加してから徐々に寺と仏法に親しみ、何回か学誠大和尚に直接仏法について教えを求めたことがあります.その後、龍泉寺と仏法に近づくため、他の居士達の協力の下、龍泉寺の山の下に長期に住むことになりました.郝偉誠(賢謙)さん、94年に帰依し、09年に龍泉寺のボランティアになり、その後龍泉寺に来ている全国のボランティア達に宿泊場所を提供しています.
私達は参加者達を代表して感謝の意を伝えた際、お二人は自分些細の事しかしてなく、仏門の弟子としての義務を果たしただけで、このような幸せの畑を耕す機会を与えてくれた龍泉寺に返って感謝しなければならないと強調していました.
元旦の法要の時は、天気が寒いが、人々の気持ちは暖かかったのです.その暖かさは法師から、ボランティアから、同行善智識から得たもので、ボランティアの「他人のために奉仕することは自分のためにもなる.」という発心から得たものです.たくさんの仕事を担当していく中、ますます仏教は生命の教育であること、私達を苦難から助け出し、究極な楽を得る方法であることをわかるようになります.修行の道は遠いが、しかしこの長い道の中で、同行善智識とお互い助け合い、必ず心の底から願っている彼岸に達することができると確信しています.
今回の法要で、感謝の気持ち、信ずる気持ちもますます深くなっています.龍泉寺のますますの発展も願っています.
同じ発心で、ともに努力して、ますます増上できるようと祈ります.
2012年龍泉寺の元旦法要の素晴らしい瞬間
2012-01-03
記:2012年1月3日、北京龍泉寺の元旦法要は終了しました.ボランティアたちはこの三日間の素晴らしい瞬間を取り出して、皆さんと共に回顧し、美しい思い出になるだろう.

12月31日の夜、忙しい受付.


文教部の居士達は「鑑相―北京龍泉寺2012年新年の写真展」の準備をしている.

法師は生け花を担当する居士を見舞いに.

法要の事前準備会と結団式(仏堂)

法要の事前準備会に大勢のボランティア達が参加しました.

朝日の中、法要が始まり.ボランティア達は日の出を拝む.

朝、お香、灯りを供養.

法務部の居士達は早く起きして、早朝のお勤めの経文を準備する.

大寮(調理場)の居士達は3時前に起き、皆のために準備に忙しい.

給仕をするボランティア達の祈り

ボランティア達が給仕をしている.

皿洗いの風景

「仁愛心桟」のお粥配布

法縁部の居士達は体が大きいが、細かい仕事でもこなせる.

法縁部の居士は供養の金額を一件一件熱心に記録する.

慌しい中、座禅する.

子供が熱心に灯りの世話をしている.

『仏陀の物語絵』を鑑賞.

写真展に注目.

指導チームのボランティアは皆をグループ分けして食事に行く.

ゴミの分別はたいへん.

ゴミの分別、私から始まり.共にきれいな環境を創りましょう.

文教チームのパソコンの整列.

ボランティア達は子供達とともに寺院生活を体験する.

いつになったら大人と同じたかくなるの.


何の本だろう、聞いてみよう.

一年の放生の総括.随喜.

ボランティア全員の集合写真.


誇りを持った仁愛の者.

もう怖くない、家が見つかってよかったですね.
ここに記録しているのは今年の始まりで、これからの一年にもっとたくさんの方々はここに素晴らしい瞬間を残すだろう.
北京龍泉寺2012年元旦法要の二日目
2012-01-02
記:2012年1月2日、北京龍泉寺の元旦法要の二日目.読経、仁愛慈善体験活動、幸福祈願、春節夕べのリハーサル等豊富多彩の催事を行い、真冬の中に暖かさを感じています.

暖かい「仁愛お粥」を飲んで、心の奥まで暖かくなる.

微笑ましい子供

午後、見行堂で春節夕べのリハーサルが始まった、外国の友人も参加した.龍泉寺で春節を過ごしましょう.

春節夕べのリハーサル

春節夕べのリハーサル

仕事している文教チームの年配のボランティア.

午後、居士の斎堂で.賢健法師の指導のもと、参加者達は『法華経』について討論している.

参加者達は熱心に法師の『法華経』についての教えを聞いている.

グループ分けで仕事に行きましょう.

龍泉寺に集まり、家族になろう.

ボランティアの皆さん

大雄宝殿の前、家族、友人への愛を込めた赤いカードで祈福を行い

無邪気な子供達

午後、見行堂で、子供達は春節の夕べのためリハーサルしている.

東配棟306室で、慈幼チームのボランティア達は子供と一緒にゲームをしている.

仁愛「心の鍛え、慈善体験」活動の現場、才能を披露している年配のボランティア

仁愛「心の鍛え、慈善体験」活動の現場、ボランティアは戸外の救助の体験を紹介している.

仁愛「心の鍛え、慈善体験」活動の現場、玉樹の救済現場を再現した.

心の灯り

大雄宝殿の前、亡霊を気持ち込めた黄色いカードで済度

仕事に没頭している.みんなの敬虔な心、喜びを残りましょう.

仁愛「心の鍛え、慈善体験」活動の現場、手を繫いで、心で感じ、お互い心の声を聞く.
仏教文化を伝える新ルート
--- 龍泉寺の辰年年賀状と記念封筒を初めて発行する



吉祥の意味に満ちている辰年を前に、龍泉寺は北京市海淀区郵便局温泉支局と共同で、龍泉寺辰年年賀状と記念封筒を初めて発行しました.これは仏教文化を伝える新しいルートと新しい方法です.年賀状と記念封筒が発行されると、皆さんは金龍橋に集まり、年賀状にお祝いの言葉を書いて、親戚や友人に郵送しました.その顔は喜びに満ちていました.
2011年、北京市政府は北京精神を「愛国」、「創造」、「厚徳」、「包容」に統括しました.これは仏教の文化と精神に一致します.龍泉寺では仏教文化を宣揚すると同時に、善行を施し他人への救済を唱導し、書籍、テレビ、インターネットなどでさまざまなメディアによって文化伝播をすることで、北京精神に積極的に応えています.元旦年賀状と記念封筒を発行することによって、仏教文化を伝播し、皆さんの新年の願いを伝えることができます.年賀状を親戚や友人に送り、龍泉寺の祝福を世間に伝え、衆生に仏菩薩の慈悲と関心を感じていただくことができます.
今回の年賀状と記念封筒の発行は、北京市海淀区郵便局温泉支局のご支持とご協力を得て、半月で素材の準備・デザイン・印刷を完成しました.禅興法師、賢然法師が、年賀状と記念封筒のデザインと内容を細かく検討し、龍泉寺の特徴がこの封筒に表現できるように努めていました.学誠大和尚が年賀状と記念封筒に、「新春納福、万事如意」と特別に題辞を書きました.封筒に押した「北京市龍泉寺記念印鑑」も寺院の法師が自らデザインしたものです.素材が届いてから、温泉支局の責任者は特に重視し、すべての便宜をはかり、心を込めて年賀状と記念封筒をデザインしました.年賀状の表紙は見行堂で、封筒の左側に、図案化された龍泉寺のシンボルマークがあり、全体のデザインがシンプルで、暖かさを感じさせます.
温泉支局の馬局長は、元旦年賀状と記念封筒を発行することによって、龍泉寺の影響をさらに効果的、有意義に広め、多くの人々に仏教文化を理解させることができると言われ、年賀状と記念封筒のデザインと発行に全面的な協力を惜しみませんでした.今回の元旦法会では、3000セットの年賀状と記念封筒を印刷しました.発行当日、馬局長はスタッフ三人を伴い龍泉寺に来られ、皆さんの質問に答えました.年賀状と記念封筒のセットは10元で、年賀状一枚と封筒一枚です.今、お祝いの言葉を書き、郵便局のスタッフに渡せば、直接に郵送することができます.馬局長は、温泉支局が発行した収入の一部分を龍泉寺に寄付し、寺院の事業の発展を支持し、衆生にサービスするとも発言しました.
馬局長はグッドニュースも発表しました.郵政管理局の特別許可を得て、龍泉寺で臨時郵便局を開設するということです.今、寺院と郵便局サイドで、客室の一室を郵便局にして、法師と長期ボランティアの郵送のご要望を満足させるべく打ち合わせをしています.
元旦年賀状は祝福のキャリアだけではなく、敬虔な信者の信仰です.新しい一年を迎え、龍泉寺の仏教文化はさらなる広がりを見せるものと信じております.
北京龍泉寺2012年元旦法要の初日
时间: 2012-01-01

愛の心を込めて“腊八粥”を作り、この寒い真冬の中、人々に暖かさを伝える.

ボランティアが新年願いをここにのこした.

皆さんは2011年の写真展に注目している.

法師と撮影を担当する居士と交流

食事も修行

サービスしているボランティア

新年初のお香を捧げ

早朝の光が人々の心を照らす

智慧の光

子供を世話する教室、子供の笑い声がいっぱい

法師と居士と共に新年の祈願

法師の教えを聞き、福と善の糧を蓄え

今日「八関斎」を受け、将来、龍華会で成仏できるよう努力する

プロのカメラマン(中国仏教写真家協会)が龍泉寺を訪れ

国の希望、仏門の未来

私達も頑張っている

小さい時から福と善の種を播く

龍泉寺の記念冊に願い事、厳しい真冬に暖かさを伝え

愛のエンジェルが愛の気持ちを込めてお粥を捧げる.






